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ハーラン=エリスン「世界の中心で愛を叫んだけもの」解説あらすじ

ハーラン=エリスン
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始めに

 ハーラン=エリスン「世界の中心で愛を叫んだけもの」解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

エリスンの作家性

 エリスンは、単なるプロット以上に、言葉の持つ質感や衝撃を重視しました。カフカの不条理で悪夢的な状況に置かれる個人、というテーマはエリスンの不条理SFの核となっています。『世界の中心で愛を叫んだけもの』に見られる、逃げ場のない狂気的な構造は非常にカフカ的です。


​ ボルヘスからは迷宮や形而上学的な問いを短編という極めて短い形式で表現する手法に大きな影響を受けています。エリスンの抽象的な世界観の構築は、ボルヘス譲りの知性が見え隠れします。またフォークナーにおける意識の流れや、重厚で入り組んだ文体、そして人間の心の葛藤を執拗に描く姿勢をリスペクトしていました。


​ ​​ドロシー・パーカーはエリスンが最も愛した作家の一人です。彼女の鋭いウィット、冷笑的な視点、そして都会的な孤独の描き方は、エリスンの皮肉めいた文体に色濃く反映されています。また物語の構成力や、人間性の裏側を冷静に観察する語り口において、モームを基礎的な手本としていました。


​ ​チャンドラーのハードボイルドな文体、とりわけ比喩表現の巧みさと、汚れた街で自らの倫理を貫く主人公像は、エリスンのキャラクター造形に影響を与えています。へミングウェイは無駄を削ぎ落とした力強い文章の源流として、初期のエリスンに影響を与えました。

タイトルの意味

 ​物語の最大の仕掛けは、人間の狂気や残虐性は、実は人間自身が生み出したものではないという仮説です。高度な文明(クロス・タイム)が平和を維持するために、自らの社会から負の感情を抽出・結晶化し、別の時空へ投棄しているという設定です。地球で起こる凄惨な殺人事件は、いわば他者の文明が排出した精神的な下水の溢れ出しに過ぎません。人間には制御不能な外部からの悪意という絶望的な不条理を描いています。


 ​タイトルにある「愛」は、私たちが一般的にイメージする献身や慈しみとは真逆の性質を持って描かれます。大量殺人鬼ステログは愛していると叫びながら命を奪います。ここでの愛は、強烈すぎて指向性を失った純粋なエネルギー、あるいは他者と強引に一つになろうとする破壊的な衝動として定義されています。感情が極限まで高まった時、それは愛とも憎しみとも呼べる境界の曖昧なものになる、という言語的な皮肉が込められています。

多数の幸福

 この物語は、ル=グウィンの『オメラスから歩み去る人々』にも通じる、多数の幸福のために、少数の誰かが泥を被るという構造を提示しています。未来のユートピアの平穏は、過去や別世界の地獄によって支えられています。誰かの平穏は、誰かの狂気の上に成り立っているという、文明の本質的な不公平さを告発しています。


​ ​物語の終盤に登場する七頭の獣は、抑圧され、排出された悪意が具現化したものです。どんなに高度な技術で狂気を排出しようとしても、それは宇宙のどこかに蓄積され、やがて臨界点を超えて溢れ出します。負の感情をなかったことにはできないという、精神的なエネルギー保存の法則のような絶望感が漂っています。

物語世界

あらすじ

 ​現代の地球。ウィリアム=ステログという男が、何ら前触れもなく、また憎しみもなく、大量殺人を開始します。彼は100人以上の人間を殺害しながら、一貫して「愛している」という言葉を吐き散らします。彼は狂気というよりも、何か外部からの力に突き動かされているかのようです。


 ​場面は変わり、象徴的で悪夢のようなイメージが描かれます。時空の狭間を彷徨う七頭の獣。この獣は、あらゆる時代や場所に現れ、人々に理不尽な暴力や狂気をもたらす災厄の象徴として描かれます。


​ ​物語の核心は、はるか未来、あるいは別次元にある超高度文明クロス・タイムにあります。この文明の人々は、社会から完全に争いや悪意を排除し、永遠の平和を実現していました。彼らが平和を維持できた理由は、人間の精神から生じる狂気、悪意、残虐性を特殊な技術で抽出し、それを結晶化(ドレイン)して外部へ投棄していたからです。


​ 彼らが捨てた精神のゴミが、時空を超えて流れ着いた先が、過去の地球や他の世界でした。ステログを突き動かした狂気も、実はこの未来文明が排出した汚れだったのです。


​ ​物語の終盤、このシステムの矛盾に気づいたリニウスが、排出された悪意を回収しようと試みます。しかし、一度解き放たれた巨大な悪意のエネルギーはもはや制御不能でした。


 排出された悪意の結晶は、一頭の巨大な獣となり、宇宙の中心で愛という名の呪詛を永遠に叫び続けます。

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