始めに
ビュトール『時間割』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ビュトールの作家性
ビュトールは、ヌーヴォーロマンの代表的作家として知られています。モダニズムの作家から大きな影響を受けました。
記憶と時間の重なり、そして「意識の流れ」を記述する手法において、ビュトールの最大の指標の一つでした。特に『心変わり』における時間の緻密な構成は、プルースト的な探求の現代版とも言えます。
ジョイス『ユリシーズ』に見られるような、神話的構造と日常を重ね合わせる手法や、言語そのものを実験場とする姿勢にも強く影響を受けています。またフォークナーの意識の流れ、非線形の語りからも影響があります。
他にもマラルメの形式主義、ボードレールの象徴主義、バシュラールの詩学、ヴェルヌの幻想文学から影響されました。
時間論
テーマは、出来事が起こった時間とそれを記述する時間のズレと干渉です。主人公ジャック=ルヴェルは、架空の都市ブレストンでの1年間の滞在を日記に記しますが、書けば書くほど現在の記述が過去の記憶を侵食し、また過去の発見が現在の行動を変えていきます。記述が進むにつれ、5月の記述の中に10月の回想が入り込み、さらにその回想を記述している現在の自分の状況が混ざり合うという、複雑な多層構造が形成されます。
舞台となる英国の工業都市ブレストンは、主人公を閉じ込め、その精神を蝕む迷宮として描かれます。ルヴェルは地図や日記を頼りに都市を把握しようとしますが、ブレストンは生き物のように彼の探求を拒み、混乱させます。作中に登場するテセウスのタペストリーは、この迷宮テーマを象徴する重要なモチーフです。ルヴェル自身が、都市という怪物に立ち向かう現代のテセウスとして重ね合わされています。
書くこと
ルヴェルにとって書くことは、異郷の地で失われゆく自己を繋ぎ止め、混沌とした現実に秩序を与えるための生存戦略です。彼は日記を通じて、自分を陥れようとする都市の呪縛から逃れようとします。しかし、書く行為そのものが膨大な時間を消費するため、書けば書くほど書くべき現在が積み上がり、記述が現実を追い越すことは決してありません。この記述の不可能性も大きなテーマです。
本作は、ギリシャ神話(テセウス、アリアドネ)や旧約聖書(カインとアベル)のモチーフを現代の都市空間に変奏させています。また、ある殺人未遂事件を巡る謎解きの形式を借りていますが、最終的にカタルシスのある解決は与えられません。犯人探しではなく、意味の網の目を構築することそのものが探偵行為として描かれています。この作品は、読者に対しても記述の迷宮に入り込むことを要求する、非常に知的な挑戦に満ちた構成になっています。
物語世界
あらすじ
フランス人の青年ジャック=ルヴェルは、10月1日、イギリスの架空の工業都市ブレストンに、輸出入会社の研修生としてやってきます。そこは常に雨と霧に包まれ、煤煙に汚れた、陰鬱で排他的な都市でした。言葉も通じず、知人もいないルヴェルは、孤独と都市への嫌悪感に苛まれながら日々を過ごします。
滞在開始から7ヶ月が経過した5月、ルヴェルはついに決意します。このままでは自分がこの都市の混沌に飲み込まれ、過去の記憶さえも消されてしまう。彼は自分自身を取り戻すために、日記を書き始めることで都市に対して反撃を試みます。
ここから、物語は5月の現在の記述と10月からの過去の回想という二重の時間を歩み始めます。日記の記述が進むにつれ、構造はさらに複雑化していきます。5月は10月の出来事を書く。6月は11月の出来事を書きつつ5月に起こった出来事も振り返る。7月は12月の出来事を書きつつ、6月に日記を書いていた自分自身を客観的に見つめる。このように、書くという行為そのものが新たな現実を生み出し、過去の記憶が現在の視点によって書き換えられていきます。ルヴェルは過去の自分を追いかけますが、書けば書くほど書くべき現在が積み上がり、記述は決して現在に追いつけません。
物語の後半、ある殺人未遂事件が浮上します。ルヴェルは、ブレストンの街を批判的に描いたミステリー小説『ブレストンの殺人』の著者ジョージ=バートンと知り合いますが、バートンがひき逃げ事故に遭います。ルヴェルは、自分がその著者の正体を漏らしてしまったために事件が起きたのではないかと疑い、日記を通じて犯人探しに没頭していきます。
9月末、契約期間が終了し、ルヴェルがブレストンを去る日がやってきます。結局、日記は現在に追いつくことなく、書き残された空白を残したまま中断されます。彼は都市を完全に言語で支配することはできませんでしたが、膨大な記述の網の目を残して、逃げるように列車に乗り込みます。




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