始めに
マリー・コレリ『復讐』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
コレリの作家性
コレリの作品に見られる「情熱的な自己表現」や「天才性への崇拝」、そして「社会への反抗」といったテーマは、ロード・バイロンやパーシー・ビッシュ・シェリーからの強い影響を感じさせます。特にバイロン的な「苦悩する英雄(バイロニック・ヒーロー)」の影は、彼女の描く神秘的な主人公たちに投影されています。
オカルトや神秘主義を扱った小説の先駆者であるエドワード=ブルワーリットン(『来るべき種族』など)の影響は無視できません。彼は科学と心霊現象を融合させた物語を描きましたが、コレリもまた、自身の電気的キリスト教という独自の理論を展開する際に、リットンのような未知のエネルギーという着想を参考にしています。
彼女の代表作『サタンの苦悩』などに見られる、壮大な宇宙的宗教的スケールの物語は、ダンテの『神曲』やミルトンの『失楽園』を背景に持っています。人間と悪魔、神の救済といった古典的なテーマを、当時の通俗小説の枠組みで再構築しようとした試みが見て取れます。
アン・ラドクリフやマシュー・ルイスといった作家たちが確立した、暗い古城、超自然的な現象、劇的な感情の起伏といったゴシック小説の伝統も、彼女のプロット構成の基礎となっています。
直接的な作家としての影響として、養父であるチャールズ=マッケイの存在も重要です。彼は彼女に高度な教育を授け、文学的な環境を与えました。彼の持つ大衆の狂気への関心などは、コレリが読者の心理を掴む術を学ぶ一助となった可能性があります。コレリは、これらの文学的伝統を当時の心霊主義や初期の電気工学的なイメージと融合させることで、批評家からは冷遇されながらも、大衆から圧倒的な支持を得る独自のニュー・ゴシックとも呼べるジャンルを築き上げました。
復讐
『ヴェンデッタ』において復讐の動機となるのは、金銭や地位の奪取ではなく、自分が信じていた愛が、実は存在しなかったという絶望的な真実です。コレリは本作で、妻ニーナを美しくも魂のない、虚飾に満ちた生き物として描きました。夫が死んだ直後に情夫と密通する姿を通じ、当時の聖母的な女性像を真っ向から否定し、その裏にある肉欲と浅ましさを告発しています。親友グイードの裏切りも同様です。コレリにとって、人間関係における信頼とは、死という境界線を越えた瞬間に霧散する極めて脆い幻想として定義されています。
主人公ファビオが「チェーザレ・オリヴァ伯爵」という偽の身分として帰還した際、かつての妻や友人は、その巨万の富と異国情緒に盲目となり、彼がファビオ本人であることに気づきません。人々は人間そのものを見ているのではなく、その人物が纏っている富や称号という記号を見ているに過ぎないという、強烈な社会風刺が込められています。この変装による欺瞞の成功は、他者の内面を理解することの不可能性を提示しています。これは、後のモダニズム文学にも通じる自己の多層性への萌芽とも言えるテーマです。
ファビオは墓から脱出した時点で、法的な存在としては死者であり、社会の外側に置かれた存在です。彼はもはや国家の法に従う市民ではなく、神、あるいは運命の執行者として振る舞います。コレリは、既存の司法制度では裁けない心の不実を、生ける死者が冷酷に裁くという構図に、一種の神聖な正義を見出していました。 最後に彼が選ぶ復讐の方法は、彼自身が味わった生き埋めの恐怖の反復であり、罪の重さと等価な苦痛を与えるという、対称性の美学に基づいています。
物語世界
あらすじ
舞台は19世紀後半、コレラが猛威を振るうイタリアのナポリです。裕福な貴族ファビオ=ロマーニは、コレラに感染して急死したと誤認され、一族の地下墓所に生き埋めにされてしまいます。
数時間後、棺の中で意識を取り戻したファビオは、極限の恐怖の中で脱出を試みます。その際、地下墓所の壁が崩れ、偶然にもかつての一族が隠した莫大な財宝を発見します。彼は死の淵から、富という武器を携えて地上へと這い上がります。
命からがら自宅へと戻ったファビオが目にしたのは、悲しみに暮れる家族の姿ではありませんでした。最愛の妻ニーナと、親友だと思っていたグイードが、ファビオの死を嘲笑いながら抱き合い、彼の財産を独占しようと祝杯を挙げている場面に遭遇したのです。この瞬間、ファビオの中の愛は死に絶え、冷酷な復讐者へと変貌を遂げます。
ファビオは死んだことになったまま身を隠し、発見した財宝を使って完璧な変装を施します。顔立ちを変え、肌を焼き、長い髭を蓄え、東洋から来た謎の富豪チェーザレ・オリヴァ伯爵という架空の身分を作り上げました。彼はオリヴァ伯爵として再びナポリの社交界に現れ、ニーナとグイードに接近します。二人は、目の前の男が自分たちが裏切ったファビオであるとは夢にも思わず、その圧倒的な富とカリスマ性に惹きつけられていきます。
ファビオは、自分の正体を隠したままニーナを誘惑します。ニーナは亡き夫ファビオのことなどすぐに忘れ、新たな富豪であるオリヴァ伯爵との結婚を熱望するようになります。一方で彼は、グイードの虚栄心を煽り、精神的・社会的に追い詰めていきます。
復讐が最高潮に達するのは、ニーナとの再婚の夜です。ファビオは、かつて自分が生き埋めにされたあの一族の地下墓所へとニーナを連れ出します。暗闇と静寂の中で、彼はついに変装を解き、ファビオ=ロマーニとしての真の姿を現します。裏切りの代償として、彼はニーナをあの日自分が味わったのと同じ死の恐怖の中に突き落とし、裏切り者たちに凄惨な最期をもたらします。すべてを完遂したファビオでしたが、その心に平安は訪れず、ただ孤独な復讐者として物語は幕を閉じます。




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