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市川沙央『ハンチバック』解説あらすじ

市川沙央
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始めに

今日は市川沙央『ハンチバック』について解説あらすじを書いていきたいと思います。

背景知識、語りの構造

井沢釈華の語り

 背骨がS字にたわむ重度の先天性ミオパチーを患っている井沢釈華が語り手です。人工呼吸器が欠かせず、普段はグループホームで某有名私大の通信課程でオンラインの授業を受けたり、記事を書いたりしています。作者の分身のような存在になっていて、作者自身の心理を代弁するような存在にもなっていますが、完全なイコールではないようで、作者自身は妊娠中絶について否定的な模様です。

 アウトサイダーの鬱屈した語りは太宰治(『人間失格』)、綿矢りさ(『蹴りたい背中』)、町田康(「きれぎれ」)、セリーヌ(『夜の果てへの旅』)作品を思わせます。

中絶のモチーフ

 本作品で中心となるのは語り手の釈華が抱える中絶への欲求です。釈華は健常者と同じように妊娠し、中絶をしてみたいと考えています。

 中絶というのは倫理学、医療倫理の方面でも論争的な案件ですが、本作における釈華の望む中絶というのはどうしても倫理的には正当化できないものです。なぜならば、中絶のような胎児の生命や自由の侵害が肯定されうるのは、母親の自由や生命が比較衡量されるからであるところ、本作で釈華が抱える中絶への欲求は、単に健常者のように胎児の生命を侵したいという欲求に基づくからです。

中絶というパフォーマンス

 しかし、これはある種のパフォーマンスであると考えられます。釈華は、終盤におそらくはやまゆり事件がモデルと思しき障害者へのヘイトクライムに巻き込まれて死亡しているのですが、そもそも釈華が中絶によって糾弾しようとするのは、健常者が障害者に向ける眼差しであるからです。実際、やまゆり事件の際、加害者の理論(「社会の負担になっている障害者を殺すべき」)に同調する声も見えました。インターネットにおいてはしばしば高齢者への同様の差別的な眼差しが向けられます。これは社会になんら価値あるものを提供しないと見て弱者の生の価値を貶めるファシズム的発想に則るものです。

 つまるところ釈華がやろうとしていることは、そのようなヘイトクライムの鏡像です。自分だけの都合で、声を上げられない弱者の命の価値を貶め侵害する健常者の暴力的な眼差しは、釈華の欲求同様に歪んでいます。釈華は一人のマイノリティとして、社会の異物として、弱者に向けられる歪な眼差しの暴力へ異議申し立てを図ります。

 おそらく作者が釈華を通じて伝えたいのは「私の背中と内面は歪んでいるかもしれないが、健常者のマジョリティがマイノリティに向ける眼差しはそれ以上にいびつに歪んでいる」ということと思います。

物語世界

あらすじ

 主人公は、背骨が湾曲してしまう、重度のミオパチーを持つ井沢釈華。普段は通信制の大学に通い、グループホームで生活しています。釈華は健常者のように妊娠し中絶したいと願っていました。

 男性ヘルパー田中が、自分だけの秘密にしていたSNSについて話題に出してきたことから事態が動きます。そして田中に、1.5億円と引き換えに精子提供を依頼します。

 しかし、ことは思うように進みませんでした。田中の精子を飲んだ釈華が肺炎で死にかけると、「死にかけてまでやることかよ」と、田中はさっさとグループホームを辞めて去ってしまいます。

 終盤、ホスト狂いの早稲田生で風俗店に勤める「紗花」が語り手になります。紗花は、兄が女性を殺してしまい、宗教にのめりこんだ家庭から大学に一般入試で入学している大学4年生です。「紗花」はおそらくは兄が、釈華を殺してしまったことを語ります。


参考文献

・市川沙央⇄荒井裕樹 往復書簡「世界にとっての異物になってやりたい」

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