始めに
今日は丸谷才一『横しぐれ』についてレビューを書いていきます。『荒地』を書いたT=S=エリオットなど、ミステリからの影響が顕著なモダニストが多いのはなぜなのか考えていきます。
語りの構造、背景知識
モダニズム(ジョイス、プルースト、中村真一郎)、新古典主義(吉田健一、T=S=エリオット、グレアム=グリーン)
丸谷才一といえば、英米のモダニズムの流れを汲む作家であって、卒論としたジョイス(『ユリシーズ』)に加えて、懇意にした中村真一郎も範としたプルースト(『失われた時を求めて』)の影響が『樹影譚』の意識の流れの手法などに見えます。また吉田健一(『酒宴』)、T=S=エリオット、グレアム=グリーンなどのモダニズムの中の新古典主義的潮流にも学び、独特の旧仮名遣いによる文体を確立したことでも知られます。
T=S=エリオット自身もミステリーを愛し、『シャーロック=ホームズ』の影響で、『寺院の殺人』をものしたことが知られるほか、日本の同人誌『荒地』(T=S=エリオットの作にちなんだもの)の田村隆一、鮎川信夫などもミステリを愛好し、翻訳も多く手がけています。丸谷にもポーの探偵小説の翻訳がありますし、ミステリに関するエッセイを書いているなど、このジャンルへの愛着が伺えます。本作も、丸谷のミステリへの愛が込められています。
種田山頭火の創作の謎と、山頭火と父を繋ぐ「横しぐれ」というワード
本作は種田山頭火の創作と自身のルーツをめぐる小説です。(『樹影譚』も自身のルーツをめぐる作品でした。)本作は父の過去の旅行の動機と、その際父が出会った種田山頭火らしき男が気に入り、かつ山頭火がなぜか創作において用いようとしなかった「横しぐれ」というワードについて考察されます。
父と種田山頭火は、過去に犯した殺人(医療ミスと戦争協力)の罪から逃れたく思い、横死に囚われていたことが示唆されています。そうした推論を作者の分身たる「わたし」という等質物語世界の語りによって展開します。
ミステリとモダニズム
「ミステリ」というジャンルについて機能主義的定義を考えるなら、およそ「作品世界におけるさまざまな遺留品、痕跡といった経験的根拠から、その背景にある状況を構造的に捉える合理的推論を与える展開や読者のそのような推論の契機や展開を孕む」という性質がまず挙げられます。例えば本作もそのような性質を持っていますが、この性質というのは別にミステリに限定されるものではなく(ジャンル一般の話としてそうですが)、さまざまなジャンルの作品が持ちえます。
例えば夏目漱石『こころ』のような作品を考えるならば、「先生」の遺書から「私」と読者には、「K」の自殺の動機、心理的背景に関する構造的理解の推論の契機が、またそのような遺書を「私」へと送ったことに関する「先生」の動機、状況に関する推論の契機が与えられています。またフォークナー『響きと怒り』では、語り手の断片的な語りを通じて、読者には作中の歴史的事実に対する解釈、推論の契機が与えられています。
それに加えて、歴史学、文化人類学における真理追求のプロセスもそのような特徴を孕んでいるといえます。さまざまな資料、史料といった所与の経験的な根拠から、そうした文献の背景にある状況の構造的理解なども含めた、それに対する合理的な解釈を試みることで歴史的事実を確定するプロセスを孕んでいるのはT=S=エリオットに影響したフレイザー『金枝篇』においても(もちろん本著は今日の文化人類学的研究とはそう整合的ではないですが)同様です。
「目的論的推論能力」を前提とするジャンルであるところのミステリ
人間はもともと「目的論的推論能力」と言う高次の表象能力に裏付けられた意識による合理的な推論能力があります(伊藤計劃『ハーモニー』に関する記事も参照)。意識はさまざまなモジュールの計算を統合し、その背後にある事実について合理的な推論を考えることができます。このような推論能力、シミュレーション能力があるからこそ、人間は他者の心理、行動、意図について推論し、社会的営みが可能になります。またこの能力によって歴史学、文化人類学といった科学的実践も可能になるし、創作やその解釈も可能になります。またミステリというジャンルは作中事実に関するそうした推論の契機や展開を孕む性質を有すると言えるでしょう。
T=S =エリオット、フォークナー(『響きと怒り』『アブサロム、アブサロム!』)、プルースト(『失われた時を求めて』)、ジョイス(『ユリシーズ』)、ロブグリエ(『嫉妬』)など、意識の流れの手法を用いることでモダニストはさまざまにアクターの一人称的視点のリアリズムの記号による再現を試みてきました。ミステリというジャンルがモダニストの琴線に触れるところがあるとするならそれは、目的論的推論能力の発揮という人間という計算機に特有の認知的プロセスを孕んでいる部分にではないからでしょうか。
物語世界
あらすじ
本作は語り手で作者の分身たる「わたし」の父の過去の旅行の動機と、その際父が出会った種田山頭火らしき男が気に入り、かつ山頭火がなぜか創作において用いようとしなかった「横しぐれ」というワードについて考察していきます。
父と種田山頭火は、過去に犯した殺人(医療ミスと戦争協力)の罪から逃れたく思い、横死に囚われていたことが解釈されていきます。
関連作品、関連おすすめ作品
・谷崎潤一郎『吉野葛』:創作をめぐる小説
参考文献
・戸田山和久『哲学入門』(筑摩書房.2014)『恐怖の哲学 ホラーで人間を読む』(NHK出版.2016)




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