始めに
織田作之助『夫婦善哉』解説あらすじを書いていきます。
背景知識
フランス文学、アイルランド文学
作之助はエッセイ「わが文学修業」などにおいて創作的背景を明かしています。
スタンダール『赤と黒』を読み、小説を書きだし、スタイルはスタンダール、川端康成、里見とん、宇野浩二、瀧井孝作から学びました。
スタンダール(『赤と黒』『パルムの僧院』)、その評論家のアラン、小林秀雄の文芸評論などを特に中心に据えました。
西鶴は「夫婦善哉」を単行本にしてから、スタンダールと並ぶ師とし、スタンダールと重ねました。
他にイエーツ、シングなど、アイルランド戯曲の影響も大きいです。
モデル
『夫婦善哉』の主人公の蝶子と柳吉のモデルは、織田作之助の次姉である千代とその夫の山市乕次(虎次)です。
小説では蝶子がガス自殺未遂をするものの、実際は過失で、遊びにきていた中学生の弟・織田に千代は救われました。
1934年9月21日の室戸台風での道路拡張により、大阪の店「サロン千代」が引っかかり、千代と乕次夫婦は同年に大阪から別府へ移ります。別府で二人は、日用品を扱う「山市商店」、割烹「文楽」、旅館「文楽荘」、甘辛の店「夫婦善哉」などの店を経営しました。
そのロマン主義
織田作之助の魅力は、その具体的な風物に満ちたロマン主義にあります。
スタンダール(『赤と黒』『パルムの僧院』)や途中からは西鶴をも参照にし、その時代のなかの同時代の文物を細かに取り上げて、そのなかに息づく一人ひとりのナマの人生を作品のなかに描こうとします。
スタンダールは『赤と黒』『パルムの僧院』に伺える、時代を描く筆力に抜きん出た実力を発揮しましたが、作之助にもそれは継承されています。大岡昇平(『萌野』『野火』)と近いですが、スタンダールの強みを巧みに受け継いでいます。
物語世界
あらすじ
大正時代の大阪。小さな貧乏天麩羅屋の娘として育った蝶子は尋常小学校卒業後、半年の女中奉公を経て17歳で芸者になり、明るいお転婆な気性で人気になります。しかし安化粧問屋の若旦那で妻子持ちの維康柳吉と出会って三月で惹かれあい、柳吉が東京に集金へ行くのを機に駆け落ちします。柳吉31歳、蝶子は20歳でした。
しかし集金後、熱海で関東大震災があったため、二人は一度大阪の蝶子の実家に戻り、黒門市場の中の路地裏の二階に間借り生活をはじめます。蝶子は職のない柳吉に代わり、ヤトナ芸者で稼ぐものの、柳吉はその金でカフェに出掛けたりします。
柳吉は実家の父から勘当され、妻は籍を抜いて実家へ戻り、5歳の娘は柳吉の妹の筆子が面倒を見ます。柳吉は正月の紋付を取りに行く口実で実家に行くものの娘に会わせてもらえず気落ちし、蝶子が貯めた金で飲んで放蕩します。しかしそんな柳吉をなじったり突き倒したりしつつも、家を出て楽天地横の自由軒でライスカレーを食べるうちに、蝶子はすぐに柳吉が恋しくなるのでした。
柳吉は、実家の妹が入り婿を迎えて父親から廃嫡され、財産相続と一人娘への愛情とで実家へこだわる心が彷徨い、実家と蝶子への愛との間で揺れます。蝶子は、柳吉の娘を引き取って正式の夫婦として柳吉の父親に認知してもらうため、柳吉を一人前にしようします。資金を貯めては二人で剃刀屋、関東煮屋、果物屋とさまざまに商売をするもののうまくいかず、結局は柳吉の浪費で失敗します。
やがて柳吉は腎臓結石になります。医療費がかさみ、蝶子は再びヤトナに出るものの家計は苦しく、実家の母親・お辰も子宮癌になります。柳吉の妹の筆子が、12、3歳になった柳吉の娘を連れて病院に見舞いに来ます。筆子は金を握らせてくれ、蝶子は維康家に夫婦として認められたと思い喜びます。
柳吉は退院すると湯崎温泉で養生します。蝶子が会いに行くと、柳吉は毎日芸者を揚げて散財しています。その金は妹に無心していました。これに蝶子は泣いて怒ります。
蝶子は柳吉と大阪へ戻り、日本橋の御蔵跡公園裏の二階に間借りします。ある日ヤトナ仕事の帰りに、昔の芸者仲間の金八に出くわします。二人は昔、けちな抱主を見返して出世しようと誓い合ったことがありました。金八は鉱山師の妾から、本妻の死後に後釜となり、今は裕福な身分でした。金八は、必要な金を無利子で期間無しで貸すからと、蝶子に起業を勧めてくれます。
占い師に水商売がいいと言われ、蝶子と柳吉は下寺町電停前にカフェ「サロン蝶柳」をはじめます。店の女給は、日本髪か地味なハイカラの娘ばかりにし、繁盛店となりました。新入りの怪しい女給が店の客を連れ出し売春稼ぎをしたこともありましたが、女給をすべて温和しい女に入れ替えて家族的な店になり、新聞社関係の客の馴染み店となります。
そんな折、柳吉の娘が祖父(柳吉の父親)の危篤を知らせます。実家へ向かう柳吉に蝶子は、父親の生きているうちに正式の夫婦になれるように頼み、了解されたすぐ駆けつけるからと送り出し、柳吉と自分の紋付を拵えて葬式に出席する用意をします。しかし電話で柳吉に、お前は来たら都合が悪いと言われ、蝶子は発作的にガス自殺をします。しかし蝶子は一命を取りとめ、サロンの常連客の新聞記者が同情的な記事を書きます。
柳吉は葬式を口実に一月ほど行方をくらまし、途中、種吉宛てに蝶子と別れるという手紙を寄こしました。蝶子の元へ戻った柳吉は、蝶子と別れた風に養子(妹の夫)に見せかけるためだったと言い、蝶子を法善寺境内の「めをとぜんざい」へ誘い、二人で仲良くぜんざいをすすります。
やがて蝶子と柳吉は浄瑠璃に凝り、柳吉は蝶子の三味線で「太十」を語り、素義大会で二等賞になります。景品の座蒲団は蝶子が毎日使ったのでした。
参考文献
・大谷晃一『生き愛し書いた―織田作之助伝』




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