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ミルハウザー『エドウィン・マルハウス―あるアメリカ作家の生と死』解説あらすじ

ミルハウザー
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始めに

 ミルハウザー『エドウィン・マルハウス―あるアメリカ作家の生と死』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ミルハウザーの作家性

 ウラジーミル=ナボコフは記憶の再構成、言葉への異常なまでの執着、そして芸術は虚構であるという徹底した美学において、最大の先達と言えます。『エドウィン・マルハウス』における伝記という形式のパロディや自己言及性は、ナボコフの『青い炎』を彷彿とさせます。


​ ボルヘス の迷宮、百科事典、架空の書物といったモチーフ、そして短編という形式の中で宇宙を構築する手法は、ミルハウザーの短編群に直接的な影響を与えています。


​ ​日常がいつの間にか非日常に変質していく感覚は、中欧の文学的伝統を継承しています。説明のつかない不条理な事態が、淡々とした事務的な筆致で記述されるカフカ的リアリズムは、ミルハウザーの短編の骨格をなしています。また自動人形やドッペルゲンガーへの関心、そして不気味なものの演出において、ドイツ・ロマン派、特にホフマンの系譜にあります。


 ​ミルハウザーは、アメリカ文学の伝統的な寓話性も深く掘り下げています。​ホーソーンの道徳的な寓話や象徴主義、そしてアメリカの古い共同体に潜む闇を描く手法は、ミルハウザーが現代の寓話を書く際のモデルの一つとなっています。ポーの細部への強迫観念や、閉じられた空間における狂気、そして美学的な完成度への執着を共有しています。


​ ​ルイス=キャロル 『不思議の国のアリス』に見られるような、サイズの変化や論理の飛躍、そして子供時代という聖域への視線は、ミルハウザーの初期作品から一貫して見られる要素です。

伝記パロディ

 テーマは、生のあらゆる細部を記述し尽くすことで、それを芸術へと昇華させるという試みです。伝記作家ジェフリーは、エドウィンの生涯を初期・中期・後期に分類し、おもちゃ、お菓子、漫画、近所の情景などを異常なまでの細密さで記録します。ここでは、取るに足らない子供の日常が、記述の力によって壮大な文学的事件へと変貌していきます。


​ ​この小説は、書く側(ジェフリー)と書かれる側(エドウィン)の権力関係を描いています。​エドウィンが「生の混沌を生きるのに対し、ジェフリーはそれを整然とした物語の中に閉じ込めようとします。​完璧な伝記を完成させるためには、対象であるエドウィンの死さえもが美しい終止符として要請されるという、創作が孕む狂気や残酷さがテーマとなっています。

 ​19世紀から20世紀にかけての偉大な芸術家伝記の形式を、わずか11歳の子供に当てはめることで、文学的権威や天才という概念そのものをパロディ化しています。​子供特有の無垢さと、大人びた衒学的な文体のギャップを通じて、言葉が現実をいかに構築するかを浮き彫りにしています。

 ​ミルハウザー作品全般に通じるテーマですが小さな世界への没入が色濃く現れています。広大な世界ではなく、おもちゃの家やカートン箱といったミニチュア、あるいは日常の極小の断片を徹底的に観察し、そこに宇宙を見出すという細部の美学が、作品の根底に流れています。子供時代を無垢な楽園としてではなく、激しい執着や嫉妬、そして知的な野心に満ちた、ある種閉じられた実験室のように描いています。エドウィンの死は、ある意味で大人の世界に汚される前に、子供時代を芸術として結晶化し、永遠に保存するための儀式的な意味合いを持っています。

物語世界

あらすじ

​ 物語は、伝記作家を自任するジェフリー=カートライトが、亡き親友エドウィン=マルハウスの生涯を初期・中期・後期の三部に分けて叙述する形式で進みます。


​ ​ジェフリーは、初期としてエドウィンの誕生の瞬間から、彼がいかにして言葉や事物を認識し始めたかを、百科事典のような詳細さで記録します。​エドウィンが最初に発した言葉、お気に入りのおもちゃ、近所の風景。​大人が見れば単なる子供の成長記録ですが、ジェフリーの筆致にかかると、それは偉大なる芸術家が世界の真理を発見していくプロセスとして神格化されていきます。


​ 中期(7歳〜9歳)は創造性の開花​エドウィンが読書に目覚め、独自の表現を模索し始める時期です。彼はコミックやアニメ、通俗的な物語に熱中し、そこから独自の芸術的感性を養っていきます。​一方で、記録者であるジェフリーは、エドウィンの日常を支配し、彼を完璧な伝記の素材にするために、彼の行動を誘導したり、細かく観察し続けたりするストーカー的な狂気を見せ始めます。


​ 後期(10歳〜11歳)では​エドウィンは、自身の最高傑作となる小説『カートゥーン』の執筆に取り掛かります。​この小説が完成に近づくにつれ、伝記作家ジェフリーにはある悩みが生じます。それはこの完璧な伝記をどう締めくくるかという問題です。​偉大な芸術家の伝記には、劇的な幕切れが必要です。エドウィンが11歳の誕生日を迎える直前、ジェフリーはある提案をエドウィンに持ちかけます。


​ ​ジェフリーの手引きによって、エドウィンの短い生涯に美的な終止符が打たれます。​エドウィン自身の死さえも、ジェフリーにとっては最高傑作としての伝記を完成させるための最後の一行に過ぎませんでした。​小説は、エドウィンの死をもって、ジェフリーが満足げに筆を置くところで幕を閉じます。

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