始めに
スコット『アイヴァンホー』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
スコットの作家性
スコットは、物語の各章の冒頭に愛好したシェイクスピアの引用を置くことが多く、『アイヴァンホー』でもその傾向が顕著です。実在の人物を登場させつつも架空の人物を織り交ぜる手法はシェクスピアの歴史劇と重なります。豚飼いのガースや道化のワンバといった下層階級の人物が、物語の重要な狂言回しやスパイスになる点もシェイクスピアの喜劇や史劇の影響が見て取れます。ユダヤ人のアイザックは、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』に登場するシャイロックと重なりつつ、より同情的に、人間味豊かに描いたものと言えます。
当時流行していたアン=ラドクリフなどのゴシック小説からもサスペンスの手法を学びました。
歴史劇として
本作の最大のテーマは、サクソン人(旧支配層)とノルマン人(征服者)の衝突と融合です。ノルマンコンクエストから約100年経ってもなお、言葉や習慣で反目し合う両者の緊張感が物語のベースにあります。
主人公ウィルフレッド=オブ=アイヴァンホーは、サクソン人の血を引きながら、ノルマン人の王リチャード1世に仕える騎士です。彼は「古い血筋」と「新しい忠誠」の間で揺れ動く、新しいイングランド人の象徴として描かれています。
スコットはロマン主義として、中世騎士道物語の様式をなぞって騎士道を美化する一方で、その排他的で非情な側面も鋭く批判しています。
アイバンホーは忠誠、名誉、勇気を体現する理想の騎士ですが、ブリアン=ド=ボアギルベール: 欲望に溺れ、騎士道の誓いを破る聖堂騎士です。華やかなトーナメントの裏で、個人の感情や正義が騎士のルールによって押し潰される様子が描かれます。
ユダヤ人であるアイザックとその娘レベッカですが、サクソン人もノルマン人も、ユダヤ人に対しては一致して冷酷な態度をとります。騎士道の外側に置かれたレベッカが、作中で最も理知的で道徳的に高潔な人物として描かれている点は、文明批評を感じさせます。
近代における、中世リバイバル
19世紀のゴシックリバイバル(新ゴシック様式)と、スコットが牽引した中世騎士道物語の復興は、車の両輪のような関係でした。
19世紀、イギリスは産業革命の真っ只中でした。煙突が立ち並び、労働問題が深刻化し、すべてが効率と金勘定で決まる味気ない社会のなかで、道徳的理想として中世やその騎士道が発見されていき、騎士道物語がリバイバルされていきました。
中世の騎士道精神、確固たる信仰、共同体の絆、そして美しい手仕事は、人々が殺伐とした現代から逃れるための精神的な故郷でした。ヴィクトリア朝のでは、エリート層の間で「騎士道精神(ジェントルマンシップ)」が教育の理想とされ、アイヴァンホー的な道徳観が復活します。
この中世リバイバルは、目に見える形と、心に訴える物語がセットで普及しました。ゴシックリバイバルとして、ウェストミンスター宮殿(英国国会議事堂)に代表される、尖頭アーチやステンドグラスの建築様式が展開され、石の物語として、中世の権威と美を視覚的に再現しました。
そしてスコットの『アイヴァンホー』などの中世リバイバルはスコット一人で終わらず、イギリス文化全体を染め上げていきます。例えばラファエル前派では、ロセッティやミレイといった画家たちが、中世的な主題や色彩を追求しました。アーツ=アンド=クラフツ運動では、ウィリアム=モリスが、機械生産に対抗して中世の手仕事の美しさを取り戻そうとしました。
啓蒙主義
スコットはアダム=スミスやデイヴィッド=ヒュームといった啓蒙主義思想家の影響も受けています。歴史を単なる昔語りではなく、異なる文化や段階にある社会が衝突し、融合して文明が前進するプロセスだと捉えます。
『アイヴァンホー』におけるサクソンとノルマンの対立も、この哲学的な視点で描かれています。
物語世界
あらすじ
サクソン人の郷士セドリックはサクソン王家直系の血を引くロウイーナ姫の後見者であり、同じく王家の血を引くアセルスタンとの結婚を実現させてサクソン人勢力を統合し、サクソン人の復権を願っていました。しかし一人息子ウィルフレッドがあろうことかロウイーナ姫と相思相愛になり、セドリックは計画の障害となる息子を勘当します。ところがウィルフレッドは、仇敵のはずのノルマン人のイングランド王リチャードに従いアイヴァンホー領を貰い、十字軍に従軍します。
物語はアイマー僧院長がテンプル騎士団の一員であるギルベールらとセドリックの館で一晩の宿を求めるところから始まります。同じ日にユダヤ人の親娘のアイザックとレベッカ、そして聖地帰りの旅の巡礼がセドリックの館で一晩を過ごします。
夕食後に旅の巡礼がロウイーナ姫に聖地で行われた馬上試合の模様を話します。巡礼は最後にギルベールが負かされた話で言葉を濁すものの、ギルベールはセドリックの息子ウィルフレッドに負けたこと、そして再戦を望んでいることを自ら言います。セドリックは勘当した息子の活躍に複雑な気持ちです。
その夜、巡礼はユダヤ人アイザックをたたき起し、すぐに逃げるように言います。ギルベール達がアイザックの身ぐるみをはがす相談をしていたのを聞いたのでした。巡礼が騎士身分であることを見抜いたアイザックは、彼が武具一式を知人から借りることができるように手配することを約束します。
王弟ジョンの人気取りのため馬上試合が開かれます。1日目は5人の選ばれた騎士に対し参加者が挑戦する形式で、2日目は2組に分かれての集団戦、そして3日目は弓の腕比べの予定でした。1日目に最も活躍した騎士は愛と美の女王を選ぶ権利が与えられ、その女性は2日目に最も活躍した騎士に栄誉を与えることになっています。
セドリックはロウイーナ姫とアセルスタンと共に馬上試合にやってきました。アセルスタンは参加するように促されたものの、やる気を示しません。
ギルベールは5人の選ばれた騎士の中でもリーダー格でした。挑戦する者たちが全員撃退されるなか、兜をかぶったままの騎士が勘当された騎士と名乗りギルベールに実槍での勝利を申し込みます。騎士は誓約のために顔を明かせないといい、そうした誓いは当時一般に認められていたため許されます。勘当された騎士はギルベールを破ると残りの4人にも勝ち、愛と美の女王を選ぶ騎士に選ばれます。騎士はロウイーナ姫を指名するのでした。
勘当された騎士はセドリックの館に泊まった巡礼でした。セドリックの豚飼いガースを従者とし、ユダヤ人アイザックから約束通り武具を借り参加していました。慣習として勝者は敗者の武具を戦利品とします。
4人の騎士からは武具の代わりに相当する代金を受け取るものの、ギルベールからの使いには決着をつけることを望み武具の受け取りを拒否します。勘当された騎士は受け取った金をガースに託し、借りている武具を買い取る代金としてアイザックの元へ行かせます。アイザックは喜んで代金を受け取るものの、娘のレベッカは父の命の恩人に対する礼として武具を貸したのに代金を受け取るのはおかしいとして、ガースに代金を返します。帰途ガースは山賊に襲われますが、勘当された騎士の従者と知られると、昼の活躍を見ていた首領が何も取らずに解放しました。
翌日、ギルベールと勘当された騎士はそれぞれの組の主将となり、2組に参加騎士が分けられます。アセルスタンは婚約者のロウイーナ姫が目の前で愛と美の女王に選ばれたのが面白くなく、ギルベール側につきます。
集団馬上試合ではギルベールたち3人の騎士に勘当された騎士が追いつめられますが、黒い騎士が突然割り込み、助太刀をします。そのため勘当された騎士の組が勝利しギルベールは打ち負かされますが、勘当された騎士も手傷を負います。その日の最優秀騎士も勘当された騎士だと衆目は一致していたものの、王弟ジョンは黒い騎士を指名します。しかし黒い騎士は試合終了後に立ち去っており、勘当された騎士が2日目も最優秀に選ばれます。栄誉を受けるために顔を明かすように言われ、勘当された騎士はやむなく顔を明かすが、それはウィルフレッドでした。
ジョンは兄のリチャード王が虜囚から逃れたことを知らされ、日程を繰り上げ、3日目の弓の腕試しをすぐ行うようにします。そこでロックスリーと名乗る者が実力を発揮します。
ウィルフレッドの怪我は思ったより深いのでした。セドリックはウィルフレッドを連れ帰るように命じるものの、その前に観戦に来ていたユダヤ人アイザックの娘レベッカが看病のために連れ出していました。従者をしていたガースは農奴であるために、セドリックに見つかり捕えられます。
森の中で黒い騎士は1人の僧の元へ一晩の宿を借りようとします。僧は生臭ですぐに黒い騎士と意気投合し、酒盛りを始めます。
帰途のセドリック一行は、ウィルフレッドを連れていたアイザックとレベッカ親娘が護衛に逃げられているところに合流し、仕方なく同行させます。ウィルフレッドは馬車の中に寝かせられ、誰にも気付かれません。しかしそこにギルベール一行が現れてセドリック達を捕え、豪族レジナルド=フロン=ド=ブーフの城に連れて行かれます。一味のモーリス=ド=ブラシーはふとしたことから馬車の中の人物がウィルフレッドであることを知りました。アイヴァンホー領を横領しているレジナルド=フロン=ド=ブーフが知ったら殺してしまうでしょうが、騎士道から黙っています。一行のうち道化のウォンバと豚飼いのガースは逃れます。
セドリックとアセルスタンは一緒の部屋に幽閉されます。一方でギルベールはユダヤ娘のレベッカの美しさに惹かれます。モーリス=ド=ブラシーはロウイーナ姫を貰おうとします。
弓試合の勝者ロックスリーが森の僧の戸を叩きます。ガースとウォンバと出会ったロックスリーはガースを逃がした森の義賊の首領であり、セドリック一行の解放を約束し、その助力を森の僧に頼みに来ました。黒い騎士も助力を願い出ると、アウトロー達を集めてフロン=ド=ブーフの城へ押し寄せます。
一方でウォンバは僧の振りをして告解のためにフロン=ド=ブーフの城へ入り込み、セドリックの身代わりとなり、セドリックを脱出させます。セドリックは自分よりもサクソン王家の地を引くアセルスタンを逃がすように言うものの、ウォンバは自分の主人はセドリックだと主張し、アセルスタンもセドリックが脱出して救出の手助けをしてくれるように言ったために、セドリックは服を交換して牢を出ます。
その途中、城の奥にいる老女ウルリカと出会います。老女はセドリックの父の親友の娘であり、その一族がフロン=ド=ブーフの父親に攻め込まれた際に親兄弟を殺され自身は慰み者になっていました。しかし年をとり誰にも顧みられなくなっています。ウルリカは自分のみじめさを訴えるものの、セドリックはなぜ隙をみて殺さなかったのかと言い、ウルリカは名誉を取り戻すためにはそれしかないと言います。セドリックはそのまま城を出て黒い騎士たちと合流します。
黒い騎士の指揮の下、ロックスリーたちは城攻めを開始します。モーリス=ド=ブラシーは戦死し、フラン=ド=ブーフはウルリカが城に火を放ったために焼死します。ギルベールはレベッカを連れて逃げるものの、自由の身となったアセルスタンがロウイーナ姫を連れて逃げようとしているのだと勘違いし装備もないまま立ちはだかり、ギルベールに脳天を叩き割られます。
ウィルフレッドは塔の一室にモーリス=ド=ブラシーによって移され、レベッカが看護していました。火が回って危ういところをレベッカはギルベールが連れ出し、ウィルフレッドはとり残され、黒い騎士が助け出します。
セドリックはアセルスタンの最期を聞き、助け出したロウイーナ姫を連れてロックスリーと黒い騎士に感謝を伝えました。黒い騎士はこの借りを返してもらうつもりだと言います。
レベッカを連れ出したギルベールはアイマー僧院長の元へ戻ったものの、ユダヤ人の女性を連れていることはすぐに知られます。ギルベールはレベッカに愛を告白し、受け入れてくれるならばギルベールは今の境遇を全て捨て、中東へ行って一緒に住むとまで言うものの、レベッカはギルベールの愛を拒絶します。
レベッカは宗教裁判で聖堂の騎士を異教徒の身で誘惑し堕落させたとして死刑を宣告されるものの、見知らぬ人からの助言で代戦士を求めます。レベッカのために戦う戦士が勝てば、レベッカが正しいとされ無罪となります。
しかしユダヤ人であるレベッカのために戦うような人物はすぐには見つからりません。レベッカはウィルフレッドは重傷であることを知っており、彼にはに頼めません。アイザックはレベッカがギルベールに捕えられたことを知って僧院へ向かったが追い出されます。そしてレベッカの代戦士を探します。
セドリックはアセルスタンの居城に行き、善後策を練ることにしていました。アセルスタンの葬儀を営むものな、そこへ黒い騎士ことリチャード1世が現れます。リチャード1世は勘当された騎士ことウィルフレッドの勘当を許すようにいいます。
そこへアセルスタンが現れます。アセルスタンは実は死んでおらず、回復して戻ってきました。アセルスタンはロウイーナが自分を愛していないことを実感しており、ロウイーナとの婚約を自分から取り消します。そして友であるウィルフレッドとロウイーナの仲を祝福します。
2人が結婚を求めていないことを知り、セドリックはサクソン王家の復権を諦め、ウィルフレッドの勘当を許します。ウィルフレッドは黒い騎士ことリチャード1世に傷が治るまで動かないように命じられますが、レベッカの件を聞き、直ちに僧院へ向かいます。
ギルベールはレベッカにこのままではレベッカも死に、代戦士も必ず自分に殺されると言い、翻意を促します。共に逃げようというものの、レベッカは頑なに拒みます。ついにギルベールはレベッカのために戦おうと思います。
そこへ期限直前にウィルフレッドが来ると、ギルベールは今までの行きがかりもあり、レベッカを死に追いやることとは知りながら、ウィルフレッドと戦います。しかしウィルフレッドが勝ち、ギルベールは死にます。
レベッカは無罪を勝ち取ったものの、ウィルフレッドを愛しつつもロウイーナ姫とウィルフレッドの仲を知っており、身を引くかのようにスペインへ向かおうと父のアイザックへ言うのでした。




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