始めに
ユイスマンス『さかしま』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ユイスマンスの作家性
ユイスマンスは、そのキャリアの中で自然主義、世紀末象徴主義、カトリックへの回帰と変遷を遂げました。
初期のユイスマンスは、ゾラを中心とする自然主義のグループ(メダンの会)に属していました。ゾラからは客観的な観察と遺伝・環境を重視する手法を学びました。しかしユイスマンスは次第にゾラを離れます。また、ゴンクール兄弟の文体も、ユイスマンスの緻密で装飾的な描写スタイルに影響しました。
彼の代表作『さかしま』に影響を与えたのは唯美主義、象徴主義の先駆者たちです。ボードレールはユイスマンスにとっての精神的支柱で、「悪の華」に見られる都会の憂鬱や、人工美への執着を継承しました。ボードレールが翻訳したポーの恐怖や幻想からの影響もあります。マラルメも『さかしま』の主人公デ=ゼッサントが熱愛する詩人として登場します。言語の純粋性と象徴性を追求する姿勢に深く傾倒しました。リラダンからも、貴族性と神秘主義を継承します。
ユイスマンスの作品全体を覆う徹底した厭世観は、ドイツの哲学者ショペンハウアーの影響が極めて強いです。
晩年、信仰に目覚めた『出発』以降は、より宗教的な作家たちの影響が強まります。ドールヴィイにおけるカトリシズムとダンディズムを融合させた彼のスタイルは、ユイスマンスの改宗に精神的道筋をつけました。エルネスト=エロもユイスマンスの信仰の深化に影響を与えました。
人工楽園
主人公デ=ゼッサントは、神が作った不完全な自然よりも、人間が知性で作り上げた完璧な人工物を崇拝します。
本物の花に見えるほど精巧な造花ではなく、本物なのに、まるで不気味な造花に見える珍奇な植物を収集したりします。
「口琴(マウス・オルガン)」という装置で、異なるリキュールを喉に流し込み、その味の組み合わせを音のハーモニーのように楽しんだりもします。
デ=ゼッサントは、当時のパリの俗物的な市民社会や、精神性の欠けた大衆文化を激しく嫌悪します。
反俗とその終わり
郊外の邸宅に閉じこもり、窓を塞ぎ、自分の理想だけで塗り固められた密室を作り上げます。デ=ゼッサントは金銭や繁殖にしか興味のない現代人に絶望し、稀少な古本や難解なラテン文学、そして象徴主義の絵画の中にだけ真実を見出そうとしました。
しかしデ=ゼッサントは刺激を求めすぎた結果、彼の胃腸は弱り、最後には栄養剤の浣腸でしか栄養を摂れなくなります。これは、洗練を極めすぎて滅びゆく古い貴族階級の比喩でもあります。
物語世界
あらすじ
主人公のジャン=デ=ゼッサントは、古くから続く貴族の家系の最後の生き残りです。彼はパリの社交界の俗悪さ、現代社会の凡庸さに底知れぬ嫌悪と退屈を感じていました。
心身ともに疲れ果てた彼は、世俗との関わりを一切断つため、パリ郊外のフォントネー=オー=ローズに隠れ家を購入し、自分一人のためだけの人工的な小宇宙を作り上げ、そこに閉じこもることを決意します。
デ=ゼッサントの信条は「自然は時代遅れであり、人工こそが崇高である」というものです。彼は自分の部屋を潜水艦のように改造し、窓の外には本物の景色ではなく、水槽と機械仕掛けの魚を置くことで「旅をしている気分」を演出します。
絨毯の色との調和を考え、生きた亀の甲羅に金細工を施し、本物の宝石を埋め込みます(しかし、亀はその重みと毒々しさに耐えきれず死んでしまいます)。リキュールの樽に管を繋ぎ、鍵盤を叩くことで喉の奥で「音楽(味の調和)」を奏でる装置を作ります。 部屋を霧で満たし、独自の香りを調合して幻覚的な空間を作り出したりもします。またあえて「病気」に見える奇妙な観葉植物を並べ、中世の神学書やラテン語の耽美な詩集を読み耽ります。
家を様々な美術品で満たしており、その中にはギュスターヴ=モローの絵画( 『ヘロデ王の前で踊るサロメ』や『幻影』など)の複製、オディロン=ルドンのデッサン、ヤン=ルイケンの版画などがあります。
デ=ゼサントはフランス文学とラテン文学を概観し、当時の主流批評家が認めた作品を拒絶します。彼はウェルギリウスやキケロといった学問的に評価の高い「黄金時代」のラテン語作家を拒絶し、ペトロニウス(デ=ゼサントは退廃的な『サテュリコン』を賞賛します)やアプレイウス(『変身物語』、通称『黄金の驢馬』)といった後期の「銀の時代」の作家、そして暗黒時代の「野蛮な」産物としてしばしば軽蔑されていた初期キリスト教文学を好みます。フランス人作家の中では、ロマン派の作家を軽蔑する一方で、ボードレールの詩を崇拝しています。デ=ゼサントは、ラブレー、モリエール、ヴォルテール、ルソー、ディドロといったフランスの古典作家をほとんど気にかけず、ブルダルー、ボシュエ、ニコル、パスカルの作品を好んで読む。19世紀のドイツ哲学者ショーペンハウアーについて、その悲観主義哲学において「彼だけが正しかった」と叫び、ショーペンハウアーの悲観的な見方を、トマス=ア=ケンピスによる15世紀のキリスト教の祈祷書『キリストの模倣』における諦念と結びつけています。
デ=ゼサントの蔵書には、ヴェルレーヌ、コルビエール、マラルメといった初期象徴主義運動の作家の作品に加え、オーギュスト・ヴィリエ・ド・リラ=アダンやバルベイ=ドーレヴィリーといった非正統派カトリック作家の退廃小説も含まれています。カトリック文学の中では、デ=ゼサントはエルネスト=ヘロの作品に強い関心を示します。
しかし、このような究極の孤独と感覚への刺激は、かえって彼の神経を病ませていきます。
悪夢、幻覚、消化不良といった身体的苦痛に悩まされ、彼の理想とした「人工の楽園」は徐々に彼を蝕む監獄へと変わっていきます。
ついに主治医から「このままこの生活を続ければ命に関わる。パリに戻って普通の人々と同じ生活をしなさい」という宣告を受けてしまいます。
デ=ゼッサントは、自らが愛した芸術的な孤独を捨て、大嫌いな俗世の群衆の中へ戻らざるを得なくなります。彼は絶望の中、信仰の必要性を感じつつも信じきれない自らの境遇を嘆き、社会への門出を「死」のような心地で迎えるところで物語は終わります。




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