PR

グレッグ=イーガン『順列都市』解説あらすじ

グレッグ=イーガン
記事内に広告が含まれています。

始めに

 グレッグ=イーガン『順列都市』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

イーガンの作家性

 イーガンの科学的整合性を一切妥協しない姿勢は、黄金時代のSF作家たちの精神を継承しています。宇宙や物理現象に対する冷徹なまでの畏敬の念と、数学的プロットの美しさはアーサー=C=クラークの影響が色濃いと言えます。​アイザック=アシモフの論理的なパズルを解くような物語構成や、知性そのものをテーマにする姿勢において共通点が見られます。​ヴァーナー=ヴィンジは技術的特異点(シンギュラリティ)やポストヒューマンの概念において、イーガンと並走、あるいは先行していた作家です。


​ ​イーガンの最大の特徴である意識とは計算可能なプロセスであるという冷徹な機能主義的視点は、以下の思想家たちの影響を強く受けています。


​ イーガンは、デネットの意識の多重ドラフトモデルに近い視点を持っており、意識に中央管制室など存在しないという徹底した唯物論的アプローチを小説内で実践しています。​ハンス=モラベックはマインド・アップローディングの可能性を論じた『マインド・チルドレン』などの著作が、初期イーガンの『順列都市』などの着想源となっています。


​ ​イーガンは最新の物理理論をプロットの核に据えます。​デイヴィッド=ドイッチュは量子計算の先駆者であり、多世界解釈の支持者であるドイッチュの思想は、『不確定性原理の悲劇』や『万物理論』などの背景に強く流れています。​ジュリアン=バーバーの時間は存在しないとする理論からも影響が見て取れます。


​ イーガンは初期においてJ=G=バラードを読んでいた時期があるようですが、現在の彼の作風はバラード的な内宇宙とは対極にあります。むしろ、人間の感情を物理現象の付随物として描くという独自の乾燥した文体を作り上げました。

意識とハード

 本作のテーマは意識が成立するために、それを実行する物理的なハードウェアは必要かという問いです。​主人公のポール=ダラムが提唱する灰塵理論では、宇宙のどこかに散らばった無関係なデータの断片であっても、それらが正しい順序で並び替えられた時に意識が発生するなら、その意識にとって外側の物理世界は不要であると説きます。 私たちが現実だと思っているものは、膨大な情報の断片が偶然パターンを結んだ結果に過ぎないという、唯物論的・情報論的世界観です。


​ ​脳をスキャンしてデジタル化したコピーたちが、オリジナルの人間と同じ権利や連続性を持ち得るのかという問題です。 コンピュータの処理速度を落とせば、コピーにとっての1秒は現実の1時間になります。この主観時間の乖離が、人間関係や社会構造をどう変容させるかを描いています。 異なる環境でシミュレートされた複数の自分。どれが本物かという問い自体を、イーガンは計算の結果であればすべて等価であるという冷徹な論理で切り捨てます。


​ ​物語の後半では、独自の物理法則を持つシミュレーション空間オートヴァース内での生命進化が描かれます。炭素ベースの有機体でなくても、単純なルールの組み合わせか、自己複製と代謝を備えた知性が誕生し得るか。ランバートの実験は、仮想宇宙の住人が、自分たちの世界の物理法則を理解しようとするプロセスを通じて、創造主と被造物の逆転現象を描き出します。

物語世界

あらすじ

 ​舞台は21世紀半ば。富裕層は死後、あるいは生前から自らの脳をスキャンし、コンピュータ上のコピーとして永遠の生を得ることが一般的になっています。


​ 主人公のポール=ダラムは、自らのコピーを何度も起動・停止させ、さらにデータの順序をバラバラに実行するという奇妙な実験を繰り返しています。彼はある確信を持っていました。意識のパターンさえ成立していればそれを実行するコンピュータがこの宇宙のどこかに実在する必要さえないのではないかという、この灰塵理論を証明するため、現実世界のハードウェアの寿命や電力に依存しない、永遠の仮想都市ピアレスを建設しようと画策します。

 もう一人の主人公マリアは、独自の物理法則を持つシスメル・オートマトン宇宙「オートヴァース」内で、生命をゼロから進化させることに情熱を注ぐ女性です。


​ダラムは彼女を雇い、ピアレスの核となる惑星ランバートをオートヴァース内に設計させます。彼は、自分たちコピーが住む世界に、自分たちとは全く無関係に進化・自律する生命を共存させることで、シミュレーションに客観的な実在性を持たせようとします。

 ​物語は、ダラムが富裕層のコピーたちを説得し、巨大な計算資源を確保してピアレスへと旅立つ前半部から、数千年が経過した後半部へと跳ね上がります。ダラムの理論に基づき、現実世界のコンピュータの電源が落とされた後も、ピアレスは存続し続けます。マリアが設計したシードから、驚異的な速度で知性体が進化します。彼らは自分たちの宇宙オートヴァースの物理法則を解明しようとし、やがて「創造主」である人間たちの存在に気づき始めます。 人間が設計した虚構の宇宙で、独自の論理を持つ実在の生命が進化してしまった時、宇宙の主導権はどちらが握るのか。主人公のポール=ダラムが提唱していたチリの理論が、物語の最後で現実のものとなります。地球上のコピーたちが、自分たちのシミュレーションが停止されるのを防ぐため、計算資源を必要としない自己組織化する宇宙へと脱出を図るのが終盤のメインプロットです。

​ 彼らが構築した順列都市は、物理世界のサーバーが停止しても、灰塵理論に基づいて宇宙のどこかにあるランダムな情報の断片を繋ぎ合わせることで、主観的な時間を継続させることに成功します。しかし、その安定したエデンも永遠ではありませんでした。物語の終盤、シミュレーション内の生命体ランヴァが想定外の進化を遂げ、世界の計算構造そのものを書き換えてしまいます。これにより、ダラムたちが作った「エデン」は崩壊の危機に瀕します。


​ 最終的に、ポール・ダラムとマリア・デルカは、崩壊する世界からさらに「外側」の、より根源的な情報の海へと自分たちの存在を投げ出します。ポールは自らの存在がもはや一つの固定された個ではなく、宇宙に遍在するパターンの一部であることを受け入れます。マリアは、物理的な実体や特定のハードウェアに依存しない、純粋な数学的構造としての自分が、永遠に、そして無数に分岐しながら存在し続けることを確信します。

コメント

タイトルとURLをコピーしました