始めに
イーディス・ウォートン『歓楽の家』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ウォートンの作家性
ヘンリー=ジェイムズは最も有名かつ重要な影響源です。二人は深い親交があり、ウォートンは彼を師と仰いでいました。ウォートンはジョージ=エリオットの深い知性と、社会における道徳的な責任感に強く惹かれていました。
ウォートンはフランス文化を深く愛し、人生の後半をフランスで過ごしました。バルザックの社会全体を一つの有機体として捉え、詳細に記録する人間喜劇の手法に感銘を受けました。フローベールの写実主義にも刺激を受けました。
文学作品だけでなく、当時の最新科学も彼女に大きな影響を与えています。ダーウィンの進化論やスペンサーの社会進化論を読み込み、人間もまた、環境や血統という抗えない力に支配される生物であるという冷徹な視点を持ちました。『歓楽の家』などの悲劇的な結末には、この環境から逃れられないという科学的な決定論が影を落としています。
見栄と名誉
富がすべての価値基準となる金ぴか時代の上流社会において、お金がいかに人間の自由や尊厳を支配しているかを描いています。自力で十分な収入を得る手段を持たないリリーは、贅沢な生活様式に依存しながら常に経済的困窮と社会的没落の恐怖に晒されます。
当時の上流社会において、女性は独立した個人ではなく、富裕な男性の地位を飾る装飾品や商品として扱われていました。生き残るための唯一の手段が富との結婚に限定される社会構造と、それによる人間性の喪失を痛烈に批判しています。
リリーの弱さ」
リリーは社会で生き残るために計算高く立ち回ろうとしますが、完全に冷酷になりきることも、自身の道徳的プライドや美意識を捨てることもできません。この妥協しきれない誠実さこそが、彼女を社会的な成功から遠ざけ、没落へと向かわせる要因となります。
表面上は洗練された優雅な世界でありながら、裏では不貞や足の引っ張り合いが横行する社会の毒性が浮き彫りにされます。自己保身を図る富裕層によって、後ろ盾のないリリーが容易にスケープゴートとされ、社会から排除されていく構造が描かれます。
育った環境や幼少期から植え付けられた価値観から、個人が個人の意志だけで抜け出すことの難しさを提示しています。社会構造と環境の呪縛から逃れられない人間の悲劇的な運命性が深く表現されています。
物語世界
あらすじ
20世紀初頭のニューヨーク上流社会を舞台に、美しくも貧しい女性リリー・バートが、金銭的生存と自身の美意識の間で揺れ動きながら破滅へと向かう追落の物語です。
29歳で独身のリリー・バートは、贅沢な上流社交界にとどまるため、裕福な男性との結婚を目指しています。しかし、自身の高い道徳的プライドや、富はないものの精神的に惹かれる弁護士ローレンス・セルデンへの思いが邪魔をし、富豪との婚約の好機をことごとく逃してしまいます。
資金難に陥ったリリーは、知人の夫ガス・トレナーから投資の利益と偽って資金援助を受けますが、それが体を求めての援助だったことに気づき絶望します。さらに、友人バーサ・ドセットの不倫を隠すためのスケープゴートにされ、不貞の噂を流されて上流社会から完全に追放されてしまいます。
裕福な叔母の遺産も期待外れに終わり、下層労働者階級へと没落したリリーは、帽子職人として自立を図るも挫折します。トレナーへの借金をすべて返済して倫理的な誇りを守り抜いたものの、極度の貧困と精神的疲弊のなか、睡眠薬の過剰摂取により命を落とします。遺体となったリリーのもとを訪れたセルデンは、告白できなかった真実の愛にようやく気づくのでした。



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