始めに
ヴィルヘルム・ラーベ『ぶたマン 』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ラーベの作家性
ラーベの初期作品において最も顕著な影響を与えたのが、ドイツの諧謔的作家ジャン・パウルです。
脱線を多用する独特の構成や、ユーモアと感傷が入り混じる語り口、そして身分の低い市井の人々への温かいまなざしにジャン・パウルの色濃い影響が見られます。
ラーベはしばしばヴィクトリア朝作家に比肩されることがあり、イギリスの巨匠チャールズ・ディケンズらの作品を好んで読んでいました。 社会の歪みや人間世界の滑稽さを、ユーモアと深いペーソスを交えて描く作風は、イギリスのリアリズム小説の影響を受けて洗練されていきました。
1860年代の中期、ラーベは哲学者ショーペンハウアーのペシミズムの強い影響を受けました。 この時期の作品群には、人間の孤独や社会の不条理に対する冷徹で暗い洞察、悲劇的な宿命といった哲学的主題が色濃く反映されています。
閉鎖的な世界
村という閉鎖的な共同体が持つ大衆の無責任な悪意や偏見が、個人に与える破壊的な影響が大きなテーマとして描かれています。
子供のころに肥満や風貌から「ぶたマン」と蔑まれていじめられた主人公のハインリヒ・シャウマンは、長じて故郷を見下ろす高台(赤い砦)にしっかりと根を張り、知性と富を手に入れます。
彼は、かつて村全体が長年放置、誤解してきた過去の殺人事件の真相を独自の洞察で暴くことで、無実の罪を着せられた弱者を救うと同時に、かつて自分や他者を苦しめた無神経な村の住人たちの偽善と愚かしさに、静かながら強烈な復讐と一矢を報います。
時間論
物語は、南アフリカからドイツへ向かう船上で、語り手のエドゥアルトが故郷での出来事や「ぶたマン」との思い出を回想するという入れ子構造をとっています。船上の現在、故郷を訪れた少し前の過去、そして子供時代や殺人事件が起きた遠い過去という複数の時間軸がめまぐるしく交差します。
人間の人生や歴史は切り離されたものではなく、過去の記憶が現在の意識と複雑に絡み合って形作られているという、人間の内面的な時間のあり方を浮き彫りにしています。
移動と定住
語り手のエドゥアルトは、かつて郵便配達人の話に憧れて世界へ飛び出し、南アフリカで成功を収めた放浪、移動の人です。
一方、「ぶたマン」ことシャウマンは、一歩も故郷を離れないように見えながらも、読書と思索によって精神的な高みへと到達し、自給自足の確固たる基盤を築いた定住と思索の人です。
単に物理的な空間を移動することだけが人生の価値ではなく、自分の足元を固め、精神的に自立することの尊さが描かれています。
殺人事件や孤独、いじめといった重いモチーフを扱いながらも、ラーベ特有のユーモアや諧謔、そして人間に対する温かいペーソスが全編を貫いています。人間の滑稽さや世間のしがらみを冷徹に見つめつつも、人間臭さを愛おしむ眼差しがあります。
物語世界
あらすじ
物語の語り手であるエドゥアルトは、かつてドイツを離れて南アフリカで農場主として成功を収め、久々に母国ドイツへ帰省する船上の人となっていました。
そこで彼は、かつての幼馴染であるハインリヒ・シャウマンと偶然再会します。彼は子供のころ、ずんぐりむっくりした体型と大食いだったことから「ぶたマン」と呼ばれていじめられていた人物でした。
故郷の村に戻ったエドゥアルトは、シャウマンの現在の暮らしぶりを知り驚きます。シャウマンは、かつてはいじめられっ子だったものの、独自の猛勉強と知性によって莫大な財産を築いていました。
村を見下ろす高台に「赤い砦」と呼ばれる堅固な屋敷を構え、かつて憧れていた郵便配達人の娘マリーと結婚し、裕福で自立した生活を送っていました。
エドゥアルトはシャウマンの屋敷に滞在し、昔話や現在の村の様子について語り合います。物語の核心となるのは、村で長年語り草になっていた未解決の失踪・殺人事件です。かつて村には、強欲で嫌われ者の税金徴収人キーンバウムがいましたが、ある嵐の夜に忽然と姿を消しました。村人たちは、風変わりで貧しい日雇い労働者エルンスト・ヴィンケルハーケが彼を殺害したに違いないと勝手に決めつけ、彼を村八分にして社会的に追い詰めていました。しかし、ヴィンケルハーケは一貫して無実を主張し続け、事件は真相がうやむやのまま放置されていました。
シャウマンは、この事件の真相を長年、独自の緻密な調査によって追っていました。彼は、村人たちの偏見と無責任な悪意がいかに無実の人間を苦しめてきたかを冷静に暴いていきます。シャウマンの科学的論理的な調査の結果、キーンバウムは殺害されたのではなく、嵐の夜に泥沼(プフール)へ足を踏み外し、自ら事故死したことが明らかになります。
真実が証明されたことでヴィンケルハーケの無実が晴れ、かつて彼を責め立てた村の偽善者たちの面目は丸つぶれになります。すべての解決を見届けたシャウマンは再び自分の「赤い砦」での平穏な日常に戻り、エドゥアルトは再び南アフリカへと帰還していくのでした。




コメント