始めに
フランク・ノリス『マクティーグ』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ノリスの作家性
ノリスに最も決定的かつ直接的な影響を与えたのは、フランスの自然主義文学の巨匠エミール・ゾラです。パリ留学中やカリフォルニア大学バークレー校時代にゾラの著作に深く傾倒しました。ゾラの提唱した「実験小説」の理論をアメリカ文学にいち早く取り入れ、代表作『マクティーグ』などはゾラの『居酒屋』や『ジェルミナル』からの多大な影響を受けて描かれています。
ノリスの人間観や作品の根底には、ダーウィンの進化論やハーバート・スペンサーらの社会進化論、さらには大学時代の恩師であった科学者ジョセフ・ルコンテの思想が深く根付いています。 文明人の皮を被った人間の内なる動物的本能や、過酷な環境下での生存闘争といったテーマは、作品全体を貫く重要なモティーフとなりました。
フランス・リアリズムの先駆者であるバルザックの、社会の全体像や人間の欲望を壮大かつ細密に描き出す作風からも影響を受けています。
本姓と理性
ノリスは、人間がどれほど近代的な都市で文明的な生活を送っているように見えても、その内側には原始的で残忍な「動物的本能」が深く潜んでいることを暴き出しました。主人公のマクティーグは、最初は素朴で無骨な無資格の歯医者ですが、物語が進行するにつれて遺伝的なアルコール依存症や暴力性が目覚め、最終的には冷酷な殺人鬼へと変貌していきます。人間が理性や道徳を失い、獣へと堕ちていくプロセスが生々しく描かれています。
もう一つの中心的なモティーフは、お金に対する異常な執着と、それが引き起こす精神的・肉体的破滅です。妻のトリーナが手に入れた宝くじの当選金(5,000ドル)をきっかけに、彼女のなかに強烈な守銭奴としての側面が芽生えます。お金に対する執着が二人の夫婦関係を完全に引き裂き、トリーナは金を独占して異常なほどの吝嗇になり、マクティーグはそれを奪おうとして彼女を惨殺します。物質的な豊かさや貨幣が人間の精神をいかに蝕むかが鋭く告発されています。
自然主義
エミール・ゾラの実験小説の理論を継承し、人間は自身の遺伝的形質や社会環境によって、その運命が完全に決定づけられているというナチュラリズムの決定論が徹底されています。マクティーグの暴力的な気質(酒浸りの父親からの遺伝)や、サンフランシスコのうらぶれた労働者街という環境が、登場人物たちを逃れられない悲劇へと必然的に導いていきます。
物語のクライマックス、モハーヴェ砂漠(デスヴァレー)におけるマクティーグと、彼を追うかつての親友マークとの死闘は非常に象徴的です。炎天下の広大で無慈悲な自然のなかで、死んだトリーナの遺産である金貨の入った革紐を互いの手首に結びつけたまま絶命するという結末は、人間の泥沼のような欲望や執着が、巨大な自然の力や冷徹な運命の前では完全に無意味であることを浮き彫りにしています。
物語世界
あらすじ
サンフランシスコのうらぶれた労働者街(ポーク街)で、無資格ながらも巨体を活かして歯医者を開業しているマクティーグは、素朴で温厚だがやや愚鈍な男でした。ある日、親友のマーク・シャウラーの従妹であるトリナ・シーペと出会い、彼女に一目惚れします。マークの譲歩もあり、マクティーグとトリナはやがて結婚することになります。
結婚の直前、トリナは購入していた宝くじで5,000ドル(当時としては莫大な金額)に当選します。この大金を手にしたことが、二人の運命を狂わせる引き金となります。トリナは金に対する執着が次第に強まり、異常なまでの吝嗇へと変貌していきます。金貨を一枚ずつ数えることに快感を覚え、極貧の生活を強いられます。
マークは婚約者を譲ったものの、トリナが巨額の富を手に入れたことを知ると猛烈な後悔と嫉妬に駆られ、マクティーグに対して深い恨みを抱くようになります。
マークの告発がきっかけとなり、マクティーグは無資格医であることが発覚し、州当局から歯科開業のライセンスを剥奪されます。職を失ったマクティーグは無気力になり、遺伝的なアルコール依存症が目覚めて酒浸りの日々を送るようになります。
困窮した生活の中でもトリナは一銭も金を出そうとせず、逆にマクティーグを冷遇します。追いつめられたマクティーグは暴力性をむき出しにし、トリナを激しく虐待した末に家を出てしまいます。
金に目が眩み、生活に窮したマクティーグは、トリナの隠し財産を奪うために彼女の職場へと押し入ります。狂気に駆られたマクティーグは、トリナを惨殺して金貨を持ち逃げします。
警察や、執念深く追ってくるかつての親友マークに追われる身となったマクティーグは、故郷であるカリフォルニアの山々を経て、荒野へと逃亡を続けます。
最終的にマクティーグは、追跡してきたマークとともにモハーヴェ砂漠(デスヴァレー)の過酷な荒野へと迷い込みます。炎天下の砂漠のなかでマークに追いつかれたマクティーグは、死闘の末にマークを殺害します。しかし、絶命する間際にマークが機転をきかせ、金貨の入った革紐を二人のお互いの手首に固く結びつけていたため、マクティーグは死体と手錠で繋がれたまま、広大な砂漠の真ん中で逃げ場を失い、絶望的な最期を迎えることになります。




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