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アーノルド・ベネット『老妻物語』解説あらすじ

アーノルド・ベネット
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始めに

 アーノルド・ベネット『老妻物語』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ベネットの作家性

 最も大きな影響を受けたのは19世紀フランスの写実主義および自然主義の作家たちであり、さらに同時代のイギリス作家やロシア文学からも強い刺激を受けました。バルザックはベネットに最も決定的な影響を与えた人物です。社会の微細な観察、金銭や環境といった物質的リアリズムの手法を学びました。フローベールからは感情を排した客観的、冷静な描写と、文章の精密な推敲法を学びました。​ギ・ド・モーパッサンからは特別な英雄ではなく、市井の平凡な人々の日常や感情をそのまま作品の主役に据える着想を得ました。ゾラにおける「人間は環境や遺伝によって形成される」という自然主義の思想や、産業都市の暗部を客観的に観察、描写する手法に大きな影響を受けました。

​ジョージ・ムーアやジョージ・ギッシングはフランスの自然主義をイギリス文学にいち早く取り入れた先達であり、若いベネットの文学的方向性を決定づける大きな刺激となりました。

イーデン・フィルポッツは初期ベネットの才能を見出し、弁護士事務員の仕事を辞めて専業の執筆業に就くよう背中を押しました。

ベネットは優秀な批評家でもあり、ロシアの巨匠たちの客観描写と深い人間洞察を高く評価していました。​イワン・ツルゲーネフ、​レフ・トルストイなどです。​特にトルストイの『戦争と平和』などの圧倒的な描写力を称賛し、自身の作品における時間の経過や人間の運命を描く手法に反映させました。

老い

 ​作品全体を貫いているのは、どんなに若く美しい人間も、時間の経過には抗えず老いていくという冷徹な事実です。本人の心の中では若い頃の感覚が残っているにもかかわらず、肉体は容赦なく衰えていく悲哀が描かれます。


​ ベネットはパリのレストランで目撃したかつては魅力的だったはずの偏屈な老婦人を見て、「彼女も昔は若く、美しく、誰かの愛対象だったはずだ」と感じたことからこの小説の構想を得ました。

二人の対比

 ​物語は、実家の布地屋(ベインズ家)で育った二人の姉妹の人生を対比させて進みます。​姉コンスタンスは故郷の町にとどまり、家業を継ぎ、伝統的で平凡な生活を誠実に守り続ける生き方です。​妹ソフィアは駆け落ちして地方を飛び出し、パリで戦争(パリ包囲戦)を生き抜き、自立した実業家としてたくましく生きます。

​一見すると対極の人生ですが、ベネットはどちらの生き方が正しいか、幸せであるかを評価しません。刺激的な旅に出たソフィアの人生もやがて日常のルーティンとなり、故郷にとどまったコンスタンスの人生にも静かなドラマや喜びが存在します。

リアリズム。時代の変化

 フランス自然主義文学の影響を受けたベネットは、劇的な大事件だけでなく、日々の買い物、病気、家業の切り盛りといった平凡な日常にこそ人間の本質が宿ると考えました。​どれほど情熱的な恋や冒険も時間が経てば沈殿し、日々の生活へと吸収されていくという人生の皮肉と日常のリアリズムが緻密に描写されています。

 19世紀半ばから20世紀初頭にかけての時代の移り変わりも大きなテーマです。馬車の時代から鉄道や産業の発展、そして社会様式の変化に伴い、かつて繁栄していた故郷の街(五つの町)や人々の価値観が徐々に古びて失われていく様子が、時代の哀愁とともに描かれています。

物語世界

あらすじ

 ​19世紀半ば、イギリスの陶器製造地帯にある「バースレイ」という町で、老舗の布地屋を営むベインズ家の美しく対照的なふたつの姉妹、姉のコンスタンスと妹のソフィアの少女時代から死に至るまでの物語です。
 ​

 1860年代、ふたりは若さと美しさにあふれていました。姉コンスタンスは、穏やかで控えめな性格。親の言いつけを守り、店の手伝いとして真面目に働きます。やがて、店の責任者である誠実な店員サミュエル・ポヴィーと結婚し、故郷の店と家を守る保守的な人生を歩み始めます。

 妹ソフィアは、情熱的で反抗的な性格。平凡な地方暮らしに満足できず、家業の職人教育を拒否して教師を目指します。やがて、店に出入りする軽薄だが魅力的な営業マンのジェラルドと恋に落ち、家族の反対を押し切ってパリへ駆け落ちしてしまいます。

​ 駆け落ちしたソフィアのパリでの生活は苦難の連続でした。夫ジェラルドは浪費家で身勝手であり、間もなくソフィアを捨てて失踪してしまいます。異国で一人取り残されたソフィアですが、持ち前の強い気概で下宿屋の経営を始めます。1870年の普仏戦争とパリ包囲戦という混乱期を逞しく生き抜き、経営者として成功を収めて自立を果たします。

​一方、故郷に残ったコンスタンスは、夫サミュエルと共に店を切り盛りし、一人息子のディックを育てます。夫の死や息子の成長、時代の変化による店舗の改修などを経験しながら、故郷の街の変遷とともに静かで慎ましい日常を送り続けます。

約30年もの間、お互いの消息を知らずに生きてきた姉妹ですが、親戚の仲介によってついに連絡が取れ、老境に差し掛かったソフィアがイギリスの故郷へ戻ってきます。​長年の年月を経て再会したふたりは、再び同じ屋敷で一緒に暮らし始めます。

しかし、若い頃の面影は失われ、かつて美しかった顔にはシワが刻まれ、考え方や生活習慣の違いから小さな擦れ違いを繰り返します。そんな中、ソフィアのもとに元夫ジェラルドが孤独死したという報せが届きます。変わり果てた元夫の遺体と対面したソフィアは、かつてあんなに美しく情熱的だった人間がただの哀れな老人の死体になってしまった、という人生の儚さと時間の残酷さに打ちのめされ、ショックから体調を崩してそのまま病死してしまいます。

妹の死を見送ったコンスタンスもまた、時代の波に飲まれて変化していく故郷の街を見守りながら、静かにその生涯を閉じます。

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