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コールドウェル『タバコ・ロード』解説あらすじ

コールドウェル
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始めに

 コールドウェル『タバコ・ロード』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

コールドウェルの作家性

​ フランスの短編小説の名手であるモーパッサンの影響が強く指摘されています。 短編における緻密で無駄のない構成、簡素で力強い文体、そして農民や庶民のリアルな姿を冷徹かつ的確に描き出すリアリズムの手法が共通します。


​ シャーウッド・アンダーソンは​『ワインズバーグ・オハイオ』などで知られるアメリカ、モダニズム短編の先駆者です。シンプルな口語表現、地方の市井の人々の孤独やグロテスクを温かくも客観的に描く視点は、コールドウェルの初期作品や南部貧困層の描き方に深く反映されています。


​ ​『リーマスおじさん』シリーズで知られるジョージア州出身の作家ジョエル・チャンドラー・ハリスをはじめとする、アメリカ南部のフォークロアです。コールドウェル自身物語の語り口は、身近で交わされる民間の昔話や口頭での物語から学んだと語っており、日常の身近な出来事を簡潔な語りで面白い物語に組み上げる技術の基礎となっています。


​ 作家以外の最大の背景として、牧師で社会改革運動家だった父親と、ラテン語、英語教師だった母親の存在があります。過酷な貧困や人種差別に苦しむ人々に寄り添ったご両親の活動と教えが、コールドウェル作品の核となる社会的良心や鋭い問題意識を形作りました。

飢えと破滅

 主人公ジーター・レスターとその家族は、日々の食料すら事欠く極限の飢餓状態にあります。貧困があまりに過酷であるため、倫理観や思いやり、家族間の情愛は消失しています。家族の死や不幸に対しても無関心になり、空腹を満たすことや本能的な欲求が最優先される過酷な現実が描かれています。


​ 土地はすっかり荒れ果て、綿花栽培が成り立たなくなっているにもかかわらず、ジーターはかつての栄光(自分の土地で農業を営むこと)に執着し続けます。都市の工場労働への移行や小作制度の崩壊に適応できず、知力も資金もない農民たちがなす術なく没落していく姿が象徴されています。


​ 土地を失い、地主や銀行から見捨てられた小作農が自力で立ち上がることができない構造的な問題としての教育の欠如、貧困の再生産を鋭く批判しています。


​ コールドウェルは登場人物たちの無知や愚行、奇行を冷徹に描きつつも、どこか滑稽なブラックユーモアを交えて描写しています。単なるお涙頂戴の悲劇ではなく、救いようのない絶望を過激で強烈なリアリズムによって表現した点が特徴です。

物語世界

あらすじ

 かつて綿花栽培で賑わったジョージア州の旧街道「タバコ・ロード」。そこに暮らす元小作農のジーター・レスターは、土地も資産も失い、荒れ果てた家で極貧生活を送っています。​病気の妻エイダ、口唇裂の娘エリー・メイ、16歳の息子デュード、そして餓死寸前で放置されている老母(ジーターの母親)とともに暮らしていますが、まともな食べ物すらなく、一家は常に飢えに苦しんでいます。


 ​ある日、隣町に嫁いだ娘の夫であるラブが、カブが入った袋を持ってやってきます。飢えたジーターは、肉欲の強い娘エリー・メイをラブにけしかけて気をそらし、その隙にカブの袋を奪い取って貪り食います。


 ​そこへ、鼻の潰れた中年女性説教者ベシーが現れます。彼女は「神の啓示を受けた」と主張し、16歳の息子デュードに結婚を申し込みます。亡くなった夫の保険金で新車を買うことを条件に、幼く無知なデュードはあっさりと承諾します。


​ ​ベシーとデュードは手に入れたばかりの新車(フォード)で走り回りますが、知識も運転技術もないため、障害物や牛にぶつかり車はまたたく間にボロボロになります。​さらに彼らは、畑の隅で食べ物を探していたジーターの老母を車でひき殺してしまいます。しかし一家は悲しむどころか、死体を森の中に放置し、誰も死を悼もうとしません。


​ ​ジーターは「今年も綿花を植えればやり直せる」という妄想を捨てきれず、種や馬を借りるための金を策して走り回りますが、銀行も知人も誰一人として彼を相手にしません。万策尽きたジーターは、せめて農地の準備をしようと畑の枯れ草に火をつけます。しかし風にあおられた火は燃え広がり、ジーターと妻エイダが眠るボロ小屋をあっという間に包み込みました。二人は火事に気づく間もなく、焼死してしまいます。


 ​両親が焼死した現場に戻ってきた息子のデュードは、悲しむ素振りすら見せず、呟きます。​「来年は俺も、親父みたいに綿花を植えるとするか」と。

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