始めに
ジョナサン・リテル『慈しみの女神たち』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
リテルの作家性
リテル自身、自身の文学的ルーツの多くをフランス文学に置いていると語っています。特に人間の暗部、過剰さ、エロス、禁忌を探求した作家たちの影響が色濃く見られます。 ジョルジュ・バタイユやモーリス・ブランショ はエロスとタナトス、聖性と汚穢の表裏一体性といった思考・エロティシズムの哲学において根底的な影響を与えています。サドやジャン・ジュネは逸脱、悪の極限を描く肉体的精神的な過激さの系譜として影響があります。ルイ=フェルディナン・セリーヌの暗くシニカルな人間観や、人間の醜悪さを容赦なく暴き出す文体、視点も影響しています。
独ソ戦や大虐殺をテーマにした巨編を執筆するうえで、ロシア文学の大河的な視点と人間描写が不可欠な下敷きとなっています。ヴァシリー・グロッスマン『人生と運命』は全体主義体制下の人間を描いたもので、リテルが最も直接的な先達として意識した作品の一つです。 トルストイ『戦争と平和』は個人の運命と歴史の奔流をいかに一つの小説として編み上げるかという構造的俯瞰的なモデルになりました。ミハイル・レールモントフ『現代の英雄』は『慈しみの女神たち』の主人公マックス・アウエの愛読書・心の支柱として作中にも直接登場し、ニヒリズムや冷徹な自己観察の造形に寄与しています。
『慈しみの女神たち』というタイトル自体が、『オレステイア』の最終作『エウメニデス(慈しみの女神たち)』に由来しています。近親相姦、親殺し、罪と復讐、そして神々の審判という神話的・悲劇的骨組みが現代のホロコースト描写と重ね合わされています。
ほかにベケット、ウィリアム・S・バロウズなどのモダニズムの影響もあります。
普通のひとびと
本作は「人間である兄弟たちよ、私がどう生きたかを教えてやろう」という呼びかけで始まります。著者はナチスを狂気の怪物として遠ざけるのではなく、高い教養を持った普通の人間として描きます。同じ環境や制度に置かれれば、あなたも私と同じことをしたかもしれないという問いを読者に突きつけます。
法学博士でもあるアウエの仕事は、殺戮の現場管理、弾薬の消費効率、兵士の精神的負担の軽減、さらには収容所の労働力利用の最適化といった行政上の問題解決です。殺人が感情や憎悪からではなく、近代的な組織の計算、効率性、法令遵守のプロセスとして粛々と遂行されていく恐怖が描かれます。
タイトルの意味
タイトルはアイスキュロスのギリシャ悲劇三部作『オレステイア』の最終作『エウメニデス(慈しみの女神たち)』に由来します。アウエ個人の禁忌(母殺しの疑いや双子の妹との近親相姦のトラウマ)という私的な罪と、ナチスによるホロコーストという公的な歴史的罪が重なり合います。復讐の女神(エリニュエス)に追われるオレステスの悲劇的な運命が、現代の歴史に重ね合わされています。
ナチスの「純血」「衛生」「秩序」という観念の裏側にある、過剰な破壊衝動や性の禁忌が執拗に描写されます。アウエ自身、激しい幻覚、下痢や嘔吐といった身体の異常に苛まれます。どれほど論理的に自己正当化しようとしても、肉体や無意識のレベルで大虐殺の凄惨さに毒されていく様が克明に描かれます。
戦後、実業家として平和に暮らすアウエが過去を回想する形式をとっていますが、彼の語りは自己弁護と客観的観察、そして虚妄が入り混じっています。人間が悲劇的な過去の記憶をどのように書き換え、自己の道徳的崩壊と折り合いをつけるのかという記憶のレトリックも重要な主題です。
物語世界
あらすじ
戦後に身分を偽りフランスでレース工場の経営者として生きる元ナチス親衛隊(SS)中佐マックス・アウエが、自らの半生と第二次世界大戦中の行動を回想する手記の形式で展開します。物語はバッハの組曲などにちなんだ7つの章(「トッカータ」「クーラント」など)で構成されています。
老境に至ったアウエは、冒頭で「人間である兄弟たちよ、私がどう生きたかを教えてやろう」と読者に呼びかけます。自分は怪物的狂人ではなく、ただの人間として時代と職務に従ったに過ぎないと冷徹に告白し、歴史の凄惨な舞台へと読者を導きます。
法学博士号を持つ知性派青年だったアウエは、SSの特別行動部隊(アインザッツグルッペン)の将校として東部戦線(ウクライナやロシア)へ派遣されます。バビ・ヤールでのユダヤ人大量射殺などに立ち会い虐殺の現場監督としての役割を果たします。
殺戮の凄惨さに精神と身体が蝕まれ、原因不明の激しい下痢や吐き気に襲われながらも、彼は国家の義務として冷酷に業務を完遂していきます。
戦況が悪化する中、アウエはスターリングラード攻防戦の渦中に投じられます。飢餓と極寒、絶望的な市街戦の中で死の淵をさまよい、頭部に重傷を負いますが、奇跡的に生還してベルリンへ後送されます。
頭部の傷から回復したアウエは、SS経済管理本部に配属されます。アウシュヴィッツ=ビルケナウをはじめとする強制収容所や滅絶収容所を視察・巡回し、収容者の強制労働による生産性の向上と大量殺戮の効率化という相反する課題を官僚的に解決しようと奔走します。
公的な大虐殺と並行して、アウエの私的な精神の狂気が描かれます。双子の妹ウーナに対する近親相姦的執着と禁忌のトラウマ。ポメラニアにある実家で母と義父が惨殺される事件。アウエ自身が犯人である疑いが浮上し、彼の記憶も曖昧なまま、二人の刑事が復讐の女神エウメニデスのようにどこまでも彼を追跡してきます。
1945年、ソ連軍が迫り首都ベルリンが陥落する狂乱と混乱の中、アウエは総統大本営(フューラーブンカー)に潜り込みます。混乱の中でヒトラーと謁見した際、錯乱したアウエはヒトラーの鼻に噛み付くという奇怪な行動を起こします。
迫りくるソ連軍、自分を追い詰める刑事、そして戦火の混乱のさなか、アウエは長年の親友であり保護者でもあったトーマスを殺害して身分証を奪い、フランス人労働者になりすまして廃墟となったベルリンから脱出します。




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