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ターハル・ベン=ジェルーン『聖なる夜』解説あらすじ

ターハル・ベン=ジェルーン
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始めに

 ターハル・ベン=ジェルーン『聖なる夜』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ターハル・ベン=ジェルーンの作家性

 モロッコで学生運動により捕らわれ、軍キャンプに強制拘留されていた若き日(1966年)、差し入れで届いたジョイス『ユリシーズ』の仏訳本を熟読しました。ジョイスの圧倒的な表現の自由に感銘を受け、この拘留期間中に本格的に詩を書き始めました。ジャン・ジュネはパリに移住後、親交を深めた重要な存在です。政治姿勢や社会的に疎外された人々への眼差しについて多くを学びました。


​ ボルヘスからは​迷宮的な語りや、現実と虚構、夢と記憶が重なり合う多層構造(『砂の子ども』など)において影響を受けています。

 フェルナンド・ペソアも​ベン・ジェルーンが深く愛読する詩人の一人です。

 セルバンテスは『ドン・キホーテ』の著者で、ベン・ジェルーンはアンダルシア、アラブ文化の影を宿した西洋文学の古典として尊敬を寄せています。

 ​哲学的批評的アプローチや存在主義的な視点としてバルト、カミュの著作にも親しんでいました。
​ ​『千夜一夜物語』やモロッコ(マラケシュのジャマ・エル・フナ広場など)に伝わる伝統的な語り部(ハカワティ)の技法や、物語の中に別の物語が描かれる枠組み小説の形式を自身の小説に積極的に取り入れています。

​1960年代モロッコの前衛的な政治文化雑誌『スフル』の創刊者アブラティフ・ラービを中心とする知的なサークルに参加し、詩人としてのキャリアをスタートさせました。

イスラムの伝統的なスーフィズムは、精神的な探求や象徴的なモチーフとして作品に影を落としています。

家父長制

 財産継承や家族の面目を保つという家父長制の都合により、出生時から「男(アフマド)」として偽って生きることを強制された主人公が、父の死を機に女性「ザフラ」としての真の自己を取り戻そうとします。偽りの仮面を脱ぎ捨て、奪われていた自らの名前と女性としての人生を奪還することがテーマです。


​ ​男児の誕生を絶対視し、女性の権利や存在を不可視化、軽視するアラブ、モロッコ社会の伝統的な権威主義に対する強い批判が込められています。父親が娘を男として育てるという歪んだ選択そのものが、抑圧的な社会システムが生み出した悲劇として描かれています。

タイトルの意味

 長年「男」として拘束・平坦化されてきた自らの肉体と向き合い、女性としての感覚、性愛、そしてそれに伴う暴力やトラウマを体験していくプロセスが描かれます。ザフラにとって真の解放とは、精神だけでなく傷つきやすくも生々しい自身の身体を受け入れることでした。


​ ​タイトルの「聖なる夜」とは、イスラム教のラマダーン(断食月)終盤にある最も神聖な夜(レイラト・アル=カドル)を指します。父はこの聖なる夜に死を目前にして自らの罪を告白し、娘を呪縛から解放します。宗教的な神聖な夜が、ひとりの女性の精神的再生の夜へと重なります。


​ ​家を出たザフラを待っていたのは、社会の底辺での漂泊、暴力、そして投獄という過酷な現実でした。しかし、これらの苦難を経ることで、彼女は他者に依存する被害者ではなく、自らの運命を引き受けて生きる真に自由な存在へと昇華していきます。

物語世界

あらすじ

 男児に恵まれない父親の「家督を継ぐ男子が絶対に欲しい」という執念により、8番目の娘として生まれた主人公は、出生時から男「アフマド」として育てられました。周囲を欺き、男としての社会的特権を享受しながらも、彼女は偽りの性別と抑圧された自己に深い孤独を抱えて成長します。


​ ​ラマダーン月27日目の「聖なる夜」、死期を悟った父親はアフマドを枕元に呼び寄せます。自らのエゴで娘の人生を歪めた罪を悔い改めた父は、これまでの罪を告白して許しを乞い、「今日からは本来の女性 ザフラ として生きよ」と言い遺して息を引き取ります。


​ ​父の葬儀を終えたザフラは、胸を縛りつけていた帯を解き、男の服を脱ぎ捨てて静かに家を出ます。長年隠されてきた女性としての身体を取り戻した彼女は、見知らぬ街や村を漂泊するなかで、性への目覚めや歓喜を知る一方で、女性ゆえに晒される暴力や搾取という過酷な現実に直面します。


​ ​漂泊の末、ザフラは盲目の元領事とその姉が暮らす異様な館に身を寄せます。視力を失った領事との間に深い精神的身体的な結びつきを見出し、束の間の官能と安らぎを得ます。しかし、財産を狙う卑劣な叔父が彼女を追い詰めたことで凄惨な事件が起き、ザフラは叔父殺害の容疑で逮捕されてしまいます。


 ​刑務所の冷たい獄中で長い月日を過ごすザフラは、これまでの過酷な半生を深く内省し、他者ではなく自らの言葉で物語を語り始めます。


 ​肉体は囚われ、あまりにも大きな代償を払ったものの、彼女は他者に押し付けられた「男(アフマド)」を捨て去り、自分の運命を自ら引き受けた「女(ザフラ)」として、揺るぎない精神的自由を獲得します。

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