始めに
シャトーブリアン『アタラ』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
シャトーブリアンの作家性
シャトーブリアンは政治的には王党派(保守派)だったため、フランス革命の引き金となったルソーの政治思想には反対していました。しかし文学的には、ルソーの『孤独な散歩者の夢想』などに漂う自然と一体化する内面の揺らぎやセンチメンタリズムを色濃く受け継いでいます。
フランス革命の混乱から逃れるためにイギリスへ亡命していた時期に、シャトーブリアンは英文学を貪るように読みました。特にミルトンの『失楽園』に深く傾倒し、後に自身でフランス語の散文訳を完成させています。
代表作『キリスト教神髄』を執筆する際、パスカルの『パンセ』から強い精神的影響を受けました。理性に偏った18世紀の啓蒙思想に対抗し、人間の弱さや直感、そしてキリスト教の美やエモーショナルな価値を肯定していく論理は、パスカルの信仰へのアプローチと深く共鳴しています。
幼少期から徹底した古典教育を受けており、ギリシャ・ローマの古典文学が彼の教養の骨格にありました。後に文芸評論家のサント=ブーヴから「新しいホメロス」とも評されたように、未知の異国の風景をみずみずしく描く際にも、古代叙事詩のような雄大さと格調高さを持ち込みました。
ゲーテの『若きウェルテルの悩み』や、当時ヨーロッパ中で大流行していたジェイムズ・マクファーソンの『オシアン詩集』(古代ケルトの盲目詩人の作とされた偽書)に漂う、荒涼とした自然観や絶望感も彼の初期作品(『アタラ』『ルネ』)の主人公の造形に大きな影を落としています。
アタラの葛藤
作品の最大のドラマはヒロイン・アタラの心の葛藤です。アタラは母親から一生処女を捧げてキリスト教徒として生きるという誓いを立てられていました。しかし、インディアンの青年シャクタスと深く愛し合ってしまいます。誓いを破って神を裏切ることも、シャクタスへの愛を諦めることもできなかった彼女は、自ら毒を飲む道を選びます。
シャトーブリアンは、この作品を自身の思想書『キリスト教神髄』の一環(キリスト教がいかに芸術や感情を豊かにするかを証明する実例)として発表しました。絶望の中で死にゆくアタラに対し、宣教師のオーブリー神父は「神はそれほど残酷ではない、母親の誓いは過剰なもので、解くこともできたのだ、と教え、彼女の魂を救済します。18世紀の啓蒙思想やフランス革命によって傷つけられたキリスト教の権威を、理屈ではなく感情や美学、人間の心の拠り所として復権させることが、著者の大きな狙いでした。
自然と理性
思想家ルソーが唱えた自然状態の人間こそが純粋で美しいという高貴な野蛮人の概念に対する、シャトーブリアンなりの答えが示されています。自然のままの野生状態は確かに美しい(シャクタスたちの純粋さ)。しかし、野生のままでは残酷な部族間戦争や復讐に縛られてしまいます。そこにキリスト教という文明の光がもたらされることで、初めて人間は本当の平和と魂の救済を得られる、という思想が根底にあります。
北米の原生林(ルイジアナやフロリダのミシシッピ川流域)の大自然が、圧倒的な筆致で描かれています。ただの背景ではなく、登場人物の激しい感情を増幅させる装置として自然が機能しています。
物語世界
あらすじ
『アタラ』は、老いたインディアンの戦士シャクタスが、フランスからやってきた青年ルネに、かつて体験した生涯忘れられない激しい恋を回想して語る、という形で進みます。
18世紀の北米。若きインディアンの青年シャクタスは、敵対する部族に捕らえられ、残酷な火刑に処されることになります。絶望する彼の前に現れたのが、その部族の首長の娘であり、秘密裏にキリスト教の洗礼を受けていた美しい少女アタラでした。二人は一目で激しい恋に落ちます。アタラは危険を冒してシャクタスの縄を解き、二人は夜の闇に紛れて未開の原生林へと逃亡します。
ミシシッピ川流域の大自然の中、何日も彷徨う二人。過酷な逃避行の中で二人の愛は燃え上がります。シャクタスは何度も妻になってほしいと求めますが、アタラは彼を狂おしいほど愛していながらも、なぜか頑なにそれを拒み、激しい罪悪感と悲しみに涙を流すのでした。
ある日、凄まじい雷雨が二人を襲います。嵐の恐怖と情熱が高まり、二人がついに一線を越えそうになったその瞬間、一人の老人が現れます。それは、未開の地でインディアンたちを導いていた優しき宣教師、オーブリー神父でした。神父は二人を救い、自分が開拓した平和なキリスト教徒の村へと連れていきます。シャクタスは、ここでアタラとキリスト教徒になり、正式に結ばれようと未来に希望を抱きます。
しかしその夜、アタラが突然、激しい苦痛を訴えて倒れます。彼女はシャクタスとの愛に引き裂かれ、あらかじめ毒を飲んでいたのです。
死の間際、アタラは泣きながら秘密を告白します。「私の母は、私を産むときに『この子は生涯を神に捧げ、純潔を守らせます』と誓いを立てました。私はその誓いを守らねばならなかった。でも、あなたを愛しすぎて、これ以上自分の情熱を抑えきれなくなってしまった。神への誓いを破るくらいなら、死ぬしかなかったのです」と。
神父は驚き、教会の権威をもってすればそんな無理な誓いは簡単に解くことができたのだよと優しく諭しますが、すでに毒は全身に回っており、手遅れでした。アタラは神父の言葉によって心の呪縛から解放され、魂の救済を感じながら、シャクタスに看取られて静かに息を引き取ります。
落胆したシャクタスは、神父とともに彼女を美しい大自然の中に埋葬します。その後、彼はアタラの信仰していたキリスト教に改宗し、彼女への不滅の愛を胸に抱いたまま、寂しく老いていったのでした。




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