始めに
ジョン=バカン『三十九階段』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
バカンの作家性
『宝島』や『ジキル博士とハイド氏』で有名な、同郷スコットランドの作家スティーヴンソンをバカン深く崇拝しており、1932年には彼の伝記を出版しています。スコットランドの厳しい自然を背景にした冒険、緊迫感のある逃亡劇、そしてロマン主義的な物語の進め方は、バカンのスパイ・冒険小説の骨組みに直接受け継がれています。
歴史小説の創始者であるスコットも、バカンに多大な影響を与えました。バカンはスコットの熱狂的なファンであり、彼についても詳細な伝記を執筆しています。
バカンは厳格な長老派教会の牧師の家庭に育ったため、聖書やキリスト教文学から強い精神的影響を受けています。特にジョン・バニヤンの宗教的寓話『天路歴程』は、彼の小説に繰り返しモチーフとして登場します。彼の代表的なスパイ小説「リチャード・ハネイ」シリーズの第3作『ミスター・スタンドファスト』は、タイトルも作中の暗号も、すべてこの『天路歴程』から直接取られています。
陰謀論サスペンス
主人公のリチャード・ハネイは、ある日突然、殺人事件の容疑者という無実の罪を着せられ、警察とスパイ組織の両方から追われる身となります。このごく普通の一般人が、巨大な陰謀に巻き込まれ、誰にも頼れずに逃亡するという構図は、本作が先駆者であり、後のサスペンス小説や映画の王道テーマとなりました。
本作が執筆されたのは第一次世界大戦が勃発した1914年です。当時、イギリス社会に実在したドイツに対する危機感やヨーロッパの平和がいかに脆いかというリアルな国際情勢の緊迫感がそのまま反映されています。一人の男が国家を揺るがす陰謀を未然に防ぐという、国家の防衛と個人の義務感が物語の大きな推進力になっています。
ハネイは追っ手を逃れるため、行く先々で道路の補修作業員、風変わりな政治家、地主など、次々と身分を偽って変装を繰り返します。人間がいかに外見や肩書きだけで他人を判断しているか、そして状況次第で人間はいくらでも別人に成り代われるという、アイデンティティの危うさや面白さが描かれています。
物語の冒頭、ハネイは植民地からロンドンに戻ってきたものの、都会の生活にひどく退屈し、人生に虚しさを感じていました。しかし、事件に巻き込まれたことで、自らの知略と体力を極限まで試されることになります。命の危険にさらされることで、皮肉にも彼は生きる活力と真の目的を取り戻していくのです。
物語世界
あらすじ
南アフリカで富を築き、ロンドンに戻ってきた37歳の男リチャード・ハネイは、都会の退屈な生活に飽き飽きしていました。
そんなある夜、彼のアパートに、フランクリン・スカダーという怯えたアメリカ人のフリージャーナリストが駆け込んできます。スカダーはヨーロッパを戦争に陥れようとする国際的なスパイ組織(黒石)の陰謀を知ってしまい、命を狙われていると告白し、数日後に迫ったギリシャ首相の暗殺計画と、イギリス海軍の機密を盗む計画について語りました。ハネイは彼を部屋に匿うことにします。
しかし数日後、ハネイが帰宅すると、スカダーは胸を刺されて惨殺されていました。このままでは自分が殺人犯として逮捕されてしまう上に、スパイ組織にも消されると悟ったハネイは、スカダーが遺した暗号が書かれた小さな手帳をポケットに入れ、追っ手を巻くために北のスコットランド行きの列車に飛び乗ります。
ここから、警察と謎のスパイ組織の両方から追われる、ハネイの決死の逃亡劇が始まります。ハネイはスコットランドの広大な荒野を駆け巡りながら、道路の補修作業員や風変わりな政治家などに変装し、知略を尽くして追っ手をかわし続けます。その傍らで手帳の暗号を解読し、そこに何度も登場する「三十九階段」という謎の言葉にたどり着きます。
なんとかロンドンに戻ったハネイは、政府の高官に接触することに成功し、ようやく自身の無実を証明します。しかし時すでに遅く、スパイたちの手によってイギリス海軍の最高機密が盗まれてしまったことが発覚します。
スパイたちがイギリス国外へ機密を持ち出す前に捕らえなければならない。ハネイはスカダーの手帳の記述から、「三十九階段」とはケント州の海岸沿いにある別荘から、海(スパイたちの逃亡用ボート)へと続く、本物の39段の階段のことだと見抜きます。
ハネイと警察は現地へ急行。イギリス紳士に変装して優雅に過ごしていたスパイたちの正体を暴き、彼らが船で海外へ逃亡する寸前で逮捕することに成功します。こうしてハネイは国家の危機を未然に防ぎ、一躍英雄となったのでした。




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