始めに
ピエール・ルイス『ポゾール王の冒険』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ルイスの作家性
ルイスの文学の根底にあるのは、キリスト教以前の、肉体的快楽を肯定する古代のペイガニズムです。ルイスの代表作『ビリティスの歌』は、サッポーと同時代の古代ギリシャの女流詩人ビリティスが書いた詩をルイスが翻訳したという体裁をとった偽作でした。またメレアグロスはギリシャのアンソロジーを編纂したヘレニズム期の詩人ですが、ルイスの初期の詩作は、こうした古代ギリシャの洗練されたエレガンスから養われました。
形式的な完璧さと、感情をあえて抑制した客観的な美を重んじる高踏派は、ルイスの文体に大きな影響を与えました。ジョゼ=マリア・ド・エレディアは完璧なソネットの書き手として知られる高踏派の巨匠で、ルイスは学生時代から彼を崇拝し、のちに彼を師と仰ぐだけでなく、エレディアの娘ルイーズと結婚することになります。テオフィル・ゴーティエは芸術のための芸術を唱えた作家です。ゴーティエの異国情緒や官能的な美意識とフローベールの歴史小説『サランボー』が、古代のアレクサンドリアを舞台にしたルイスの『アフロディテ』のインスピレーション源となりました。
ルイスは高踏派の厳格な形式から出発しつつも、より内省的で音楽的な象徴主義や、人間の暗部やタブーに切り込むデカダンス派の空気も深く吸い込んでいました。ボードレール、ヴェルレーヌは世紀末の退廃的なエロティシズムの土台を作った詩人たちですが、特にヴェルレーヌが詩集『並行して』などで展開したレスボス的なテーマや、肉体の率直な描写は、ルイスがタブーを恐れずに官能の世界を描く強い後押しとなりました。マラルメは象徴主義の教祖的存在で、ルイスはマラルメが主宰する文学サロン火曜会に出入りし、言葉の響きや純粋な美学についての感覚を磨きました。
ジイドとは高校時代からの親友で、青年期には一緒に文芸雑誌を立ち上げ、創作論を激しく戦わせました。のちに絶交しますが、初期の文学的成長には不可欠な存在でした。オスカー・ワイルドとは1890年代に深く交流し、ワイルドの耽美主義や芸術は道徳を超越するという思想を共有しました。ワイルドはフランス語で書いた戯曲『サロメ』の初版をピエール・ルイスに捧げています。ヴァレリーとはまだ無名だった頃からの詩人仲間であり、言葉の形式や構造に関する知的刺激を互いに与え合いました。
偽善と自由
テーマは、人間の欲望や快楽を一切否定しない究極のユートピアの提示です。ポゾール王が治める架空の王国トリフェームには、法律がたった2つしかありません。隣人を害するなかれ。これが分かったら、あとは汝の欲するままに行え。
キリスト教的な罪の意識や道徳による抑圧から完全に解放され、他人に迷惑をかけない限りは、性的な愉しみも含めてあらゆる快楽が肯定される世界が描かれています。
ルイスがこの作品を書いた19世紀末〜20世紀初頭の第三共和政のフランスは、形式主義や偽善的な中産階級の道徳観が強い時代でした。作中に登場する、超生真面目で規律にうるさい官吏のタクシスはお堅い近代社会の象徴です。ルイスは、快楽主義の王ポゾールと、規律を重んじるタクシスを対比させることで、世の中を縛る不必要なルールや官僚制、道徳がいかに人間を不自由にしているかを風刺しました。
性と冒険
ルイスの文学の核である性の肯定は本作でも健在ですが、ここではとても大らかに描かれています。物語は、王の娘であるアリーヌ姫がとても優しい男」と駆け落ちすることから始まりますが、実はその相手は男装した女性の踊り子ミラベルでした。つまり、お姫様は同性愛の駆け落ちをしたわけですが、ポゾール王は最終的にそれを激しく怒ることもなく、本人が幸せならまあいいかと受け入れます。
タイトルには「冒険」とありますが、主人公のポゾール王はとにかく億劫がりで、何をするのも面倒くさいという性格です。王が娘を追いかけて移動する冒険の範囲は、宮廷からたった数キロにすぎず、実質的にはただののんびりした旅行です。王は物語の最後まで、何かを無理にコントロールしようとしたり、強大な権力で行使したりしません。この何もしないこととすべてを赦すことこそが、結果的に王国に平和をもたらします。
物語世界
あらすじ
舞台は、地中海沿岸にあるとされる架空の幸福な王国トリフェーム。この国の国王ポゾールは、肥満気味でとにかく面倒くさいことが大嫌いな、筋金入りの怠け者です。彼には366人の王妃がおり、1年365日、毎日違う王妃の部屋を順番に訪れるという、厳格かつ平和なルーティン生活を送っていました。王国は他人に迷惑をかけなければ何をやっても自由という法律のもと、国民全員がのんびりと豊かに暮らしていました。
そんな平和な宮廷に、大事件が勃発します。ポゾール王が目に入れても痛くないほど可愛がっていた一人娘のアリーヌ王女が、宮廷にやってきた見知らぬ美青年に恋をし、夜の間に壁を乗り越えて駆け落ちしてしまったのです。激怒するかと思いきや、ポゾール王はただ困惑。しかし、生真面目で規律にうるさい大監理官のタクシスに王としての威厳を示すために今すぐ連れ戻しに向かうべきだと強く詰め寄られ、しぶしぶ王女を捜す旅に出ることを決意します。
こうしてポゾール王の冒険が始まります。お供は、お説教ばかりのタクシスと、若くて機転の利く小姓のジジリオです。王様はとにかく歩くのが嫌いなので、旅のスピードは超スローペースです。しかも、行く先々の町や村で、国民たちが王様を大歓迎して宴会を開くため、旅は一向に進みません。道中、ポゾール王は自分の治める国がいかに自由で、人々が性や快楽をオープンに楽しんでいるかを再発見します。
やがて一行は、王女たちが身を隠している郊外の宿屋を突き止めます。そこでポゾール王は真実を知ることになります。アリーヌ王女を連れ去った「美青年」の正体は、実は男装した女性の踊り子・ミラベルだったのです。王女は男に騙されたのではなく、同性のミラベルと愛し合い、自由を求めて逃げ出したのでした。お堅いタクシスは厳罰に処すべきと息巻きますが、ポゾール王の反応は違いました。娘が無理やり連れてこられたわけではなく、心から幸せそうにしている姿を見て、本人が幸せなら、相手が男だろうが女だろうがどっちでもいいといいます。
さらに、旅に同行していた小姓ジジリオもこの恋愛模様に加わり、最終的にアリーヌ王女、ミラベル、ジジリオの3人は、お互いを認め合います。満足したポゾール王は、説教を続けるタクシスを無視して、再び自分の快適な宮廷へと帰ります。




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