始めに
トルクァート・タッソ『解放されたエルサレム』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
タッソーの作家性
タッソが最も強い影響を受け模範としたのが古代ローマの詩人ウェルギリウスです。代表作『アエネーイス』の格調高い文体や厳格な構造、そして国家や信仰の義務と個人の感情との間で揺れ動く登場人物の葛藤といった要素から感化されました。ホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』からも、壮大な戦闘描写や神話的・超自然的な要素の扱い方において大きな影響を受けています。
アリストテレスもタッソの文学観を決定づけた存在です。タッソはパドゥア大学時代にアリストテレスの『詩学』を熱心に学びました。アリストテレスが提唱した筋の統一(一つの中心的な出来事を軸に物語を展開させること)を厳格に守ろうとしたことが、彼の創作のバックボーンとなっています。
ルドヴィーコ・アリオストの作品は、次から次へとエピソードが飛び出す自由奔放な騎士道物語でした。タッソはアリストテレス的な規律を重んじる立場からアリオストの散漫さを批判しつつも、その圧倒的な娯楽性や恋愛・魔法といったロマンスの要素に強く惹かれ、それらをいかにして真面目な叙事詩と融合させるかに生涯を費やしました。
トルクァートの実の父親であるベルナルドも、当時よく知られた宮廷詩人であり、騎士道詩『アマディージ』の作者でした。幼い頃から父親の詩作や宮廷での生活を間近で見つめ、さらには父の政治的な亡命苦に同行した経験は、タッソが詩人を志す直接的なきっかけとなり、同時に彼の作品に漂う特有の哀愁やメランコリーの影を落とすことになりました。
スペローネ・スペローニはタッソが学生時代に師事した高名な人文主義者・批評家です。彼との対話や指導を通じて、タッソは修辞学やアリストテレス詩学の解釈を洗練させ、のちに自身の文学理論書『詩法論』を執筆する基礎を築きました。
十字軍と恋
歴史的事実をベースに、キリスト教徒の軍勢(神の加護を受ける)が、イスラム教徒の防衛軍(悪魔や魔法使いが味方する)を打ち破り、聖地を解放するまでを描きます。
タッソーが生きた16世紀後半は、カトリック教会がプロテスタントに対抗して規律を強めていた反宗教改革の時代でした。そのため、作品全体に正しい信仰への回帰や異教徒に対するキリスト教の勝利という、当時の時代精神を反映した厳格なテーマが貫かれています。
十字軍の騎士たちは聖戦を戦うという本来の義務を忘れ、個人の恋愛や誘惑に溺れて迷走します。
リナルドは敵方の美しき魔女アルミーダに魅了され、彼女の魔法の庭で骨抜きになり、戦線離脱してしまいますが、のちに正気を取り戻し、義務へ復帰します。タンクレディは敵方の異教徒の女戦士クロリンダに恋をしてしまい、戦うことへの迷いが生じます。
タッソはここで大義を進むためには、人間的な欲望や迷いを克服しなければならないという倫理的なテーマを描いています。
愛の不条理
愛の不条理さや切なさも大きなテーマとなっています。ある夜、タンクレディは夜襲を仕掛けてきた敵兵と一騎打ちになり、相手を打ち倒します。しかし、兜を外してみると、それは自分が深く愛していたクロリンダでした。致命傷を負った彼女は、死の間際にキリスト教への改宗と洗礼を望み、タンクレディは涙を流しながら彼女に洗礼を施します。
このように、愛する者同士が敵味方に分かれ、知らずに殺し合ってしまうというすれ違いの悲劇があります。また、魔女アルミーダも最初は十字軍を破滅させるためのスパイでしたが、リナルドを本当に愛してしまい、最終的には改宗して彼と結ばれるという愛による救済も描かれます。
物語世界
あらすじ
舞台は11世紀末、第1回十字軍の遠征。物語は、キリスト教軍が聖地エルサレムを包囲し、奪還するまでの最終決戦を描いています。
大天使ガブリエルから神の啓示を受けたフランスの騎士ゴッフレードは、散り散りになっていたキリスト教徒の十字軍を一つにまとめ上げ、総司令官となります。軍勢は聖地エルサレムへと進軍し、異教徒が守る堅牢な城壁を包囲します。
キリスト教軍の勝利を恐れた地獄の悪魔たちは、十字軍を内側から崩壊させるため、絶世の美女であり魔女でもあるアルミーダを送り込みます。彼女の美貌と魔法に魅了された十字軍の若き最強の英雄リナルドをはじめ、多くの有力な騎士たちが次々と戦線を離脱し、彼女の魔法の庭へと連れ去られてしまいます。主力を失った十字軍は、敵の反撃にあって窮地に陥ります。
その頃、戦場ではもう一つの悲劇が起きていました。十字軍の猛将タンクレディは、敵方の男装の女戦士クロリンダに恋をしてしまいます。しかしある夜、暗闇の中でお互いの正体に気づかぬまま一騎打ちとなり、タンクレディは彼女の胸を剣で貫いてしまいます。死の間際、兜を外して初めて愛する人だと知ったタンクレディは絶望します。クロリンダは死の間際にキリスト教への改宗と洗礼を望み、タンクレディは涙を流しながら彼女に洗礼を施し、見送ることになります。
十字軍が勝利するためには、アルミーダに骨抜きにされているリナルドの力が不可欠でした。ゴッフレードの命を受けた2人の騎士が、遥か遠くの島にあるアルミーダの宮殿に潜入します。彼らはリナルドにダイヤの盾を鏡代わりに突きつけ、己の溺れた姿を自覚させて正気に戻し、戦場へと連れ戻します。戦場に復帰したリナルドは、敵の魔法使いが呪いをかけていた迷宮の森の妖術を打ち破り、城壁を攻めるための攻城塔の材料である木材を確保することに成功します。
勢いを取り戻した十字軍は、ついにエルサレムの城壁を破って総攻撃を仕掛けます。激しい戦闘の末、イスラム軍の防衛線は崩壊し、聖地は解放されます。愛するリナルドに拒絶され、絶望して自害しようとしていた魔女アルミーダも、リナルドに止められて彼の真摯な愛に触れ、キリスト教への改宗を誓って彼と結ばれます。
最後は、総司令官ゴッフレードが勝利を収め、血に染まった甲冑を脱いで、念願だったキリストの聖墓の前で熱い祈りを捧げるところで終わります。




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