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O=ヘンリー「賢者の贈り物」解説あらすじ

О=ヘンリー
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始めに

 O=ヘンリー「賢者の贈り物」解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

モームの作家性

 O=ヘンリーの作品の多くは、ニューヨークを舞台にします。

 オー・ヘンリーとよく比較されるのがモーパッサン、モームで、いずれもどんでん返しの巧みなプロットの光る短編を特徴とします。モーパッサンの作品も庶民の苦悩を描き、どんでん返しの結末を描きますが、社会批判としての色彩はモーパッサンのほうがモームやオー=ヘンリーよりも強い感じです。本作も、そのようなプロットの手腕が光ります。

 ​​アメリカ文学の父としてのトウェインも、彼の文体に大きな影を落としています。誇張法や皮肉、そして市井の人々への温かな眼差しは、トウェインの伝統を継承しています。地元のスラングや日常会話を巧みに取り入れ、物語にリアリティと活力を与える手法に影響が見られます。


​ ​オー=ヘンリーが西部劇的な設定の物語を書く際、先行者であるブレット=ハートの影響は避けられませんでした。特定の土地の空気感を物語の重要な要素にする手法です。荒くれ者や泥棒、賭博師といった社会の周辺に生きる人々の美徳を掘り起こす姿勢は、ハートからの影響が色濃い部分です。


​ ​オー・ヘンリーは少年時代からディケンズを熱心に読んでいました。大都会の雑踏に埋もれた無名の市民たちのドラマを拾い上げる視点は、非常にディケンズ的です。格差や制度の矛盾を鋭く突きつつも、最終的には人間愛を信じる物語のトーンにその影響が感じられます。

聖書とタイトルの意味

 本作は聖書の「賢者の贈り物」の話を下敷きにします。

 『マタイによる福音書』に博士(賢者)たちについて記されます。東方で星を見た彼らは、ヘロデ大王に「ユダヤ人の王として生まれた方は、どこにいるか」と尋ねます。ヘロデ王は祭司長たちや律法学者たちを集めて問いただすと、彼らはそれがベツレヘムであることが預言書に書かれていると答えます。博士たちは家にやってきて、母マリアと一緒にいた幼子イエスを見て拝み、乳香、没薬、黄金を贈り物としてささげます。ヘロデは幼子を見つけたら、自分に知らせるようにと彼らに頼んでいた(殺すつもりだった)が、彼らは夢のお告げを聞いてヘロデを避け、別の道から自分たちの国に帰ります。

 このように、賢者は預言などからその後の運命を知り、適切な贈り物をイエスに与えます。

 本作は、それと逆です。貧しいジェイムズ=ディリンガム=ヤング夫妻が、お互いにクリスマスプレゼントを買うお金を作ろうとしますが、夫は妻の櫛のために懐中時計を売り、妻は懐中時計のためのアクセサリーを買うために髪を切って売ってしまったため、お互いの品物が無駄になってしまう、という展開が描かれます。2人は運命を知らなかったために、贈り物がすれ違ってしまいました。

 それでも、2人のお互いへの愛情という贈り物は本当で、それはさながら「賢者の贈り物」のような素晴らしいものであるということが描かれています。

物語世界

あらすじ

 貧しいジェイムズ=ディリンガム=ヤング夫妻が、お互いにクリスマスプレゼントを買うお金を作ろうとします。

 夫のジムは、祖父から父、自分へと受け継いだ金の懐中時計を大切にしていました。他方、妻のデラは、膝下まで届く美しい髪を持っていました。

 デラは、懐中時計に付けるプラチナの鎖を夫へのプレゼントとするため、髪の毛を買い取る商人マダム=ソフロニーの元で髪を切り、売ります。

 夫のジムは、デラが欲しかった鼈甲の櫛を買うために、宝物の懐中時計を質に入れます。

 デラが買ったプラチナの鎖をつけるための懐中時計はすでに無く、ジムが買った鼈甲の櫛が留めるはずだった妻の髪もすでにありません。

 しかし、夫婦はお互いの「思いやり」をプレゼントとして受け取ります。この行き違いは、賢者のごとき行為であったと結ばれます。

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