芥川龍之介「南京の基督」解説あらすじ

芥川龍之介

始めに

 芥川龍之介「南京の基督」解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

アナトール=フランス、森鴎外流のヒューマニズムとリリシズム

 芥川龍之介はアナトール=フランスからの影響が顕著で、そこから合理主義的科学的ヒューマニズムを展開していきました。『地獄変』に描かれるテーマを芥川自身の芸術至上主義を体現するものではないと、以前そちらの記事に書きましたが、芥川龍之介は倫理やモラルを重視するヒューマニストで、それ故に人間の価値的な、倫理的な世界の中での実践たる宗教に着目しました。

 フランスもキリスト教徒ではないものの、キリスト教に関心を持ち続けていて、芥川もキリストやキリスト教を描く作品が本作のようにしばしばあります。

 またロマン主義的なリリカルな意匠は手本とした森鴎外からの影響が顕著です。

オスカー=ワイルド、ショーのシニズム

 また芥川龍之介ら新思潮派の作家は、ショーやワイルド(『サロメ』『ウィンダミア卿夫人の扇』)といった英国の演劇から顕著な影響を受けています。

 本作もショーやワイルドを思わせる、シニカルな文明批評の眼差しが特徴です。

 また、すれ違いをモチーフにする点でも、演劇的な背景がうかがえます。

間違いの喜劇

 本作は、ワイルドやその先駆のシェイクスピアのような、すれ違いの喜劇を描いています。

 主人公の娼婦でキリスト教徒の金花は、梅毒にかかり、キリストに似た謎の外国人と寝たあとでそれが治り、男が本当のキリストだったと勘違いします。ところが、その男は日米ハーフのGeorge Murryというただのゴロツキだと示唆されています。

 志賀直哉「小僧の神様」にも似た、すれ違いと誤解のもたらす喜劇を描いています。「小僧の神様」のほう先ですが、影響関係というよりは演劇的背景も手伝ってたまたま似ている感じのようです。

フローベール『三つの物語』

 本作は、フローベール『三つの物語』にある「聖ジュリアン伝」の影響も指摘されます。

 「聖ジュリアン伝」では、ジュリアンは残酷な男として育ち、罪を重ねて孤立していきます。しかし人気のない川をハンセン病患者が渡ろうとしていてそれを主人公のジュリアンが助け、川を渡ると、ハンセン病患者が食べ物とワイン、ジュリアンのベッド、ジュリアンの体の温もりを願います。ジュリアンがためらうことなくその男にすべてを与えると、ハンセン病患者はキリストになって、ジュリアンを天に導くのでした。

谷崎『秦淮の夜』の影響

 谷崎潤一郎『秦淮の夜』に影響されていることを本人が明かしている本作でありますが、ただ『秦淮の夜』と本作は全然違う内容です。

 谷崎潤一郎『秦淮の夜』は、語り手が秦淮で夜に娼婦を求めてあちこち歩き回るという物語なので、幻想的なムード、娼婦や南京などのモチーフが共通するくらいで、ほとんど内容は違っています。

物語世界

あらすじ

 南京に住む敬虔なキリスト教徒の私娼の宋金花は、梅毒になります。娼婦仲間から客にうつせば治るという迷信を教えられたものの、キリストの教えに背くため、客をとらずにいました。

 ある晩、彼女のもとへキリストに似た外国人がやって来ます。キリストと似たその男に、金花は抱かれます。その晩、金花の夢にキリストが現れて病を治します。金花は、あの人がキリストだと思います。

 翌年の春、それを金花から聞いた知り合いの日本人旅行者は、その男が日米ハーフのGeorge Murryだと考えます。彼は南京の娼婦を買い、金を払わず逃げたと自慢していました。日本人旅行者はそのことを言おうか思案しながら、金花に病状を訊ねます。金花は暗れ晴れと、その後煩いがないと言うのでした。

参考文献

・進藤純孝『伝記 芥川龍之介』

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