始めに
漱石『野分』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
英露のリアリズム
夏目漱石は国文学では割と珍しく(露仏米が多い印象です)、特に英文学に創作のルーツを持つ作家です。特に好んだのは、英国のリアリズム作家(オースティン[『傲慢と偏見』]、ジョージ=エリオット、H=ジェイムズ[『ねじの回転』『鳩の翼』])でした。『三四郎』『それから』『こころ』『行人』『明暗』などの代表作も、そのような英国の心理リアリズム描写を範としますし、本作も同様です。
またロシア文学のリアリズムからも影響され、ドストエフスキー(『罪と罰』)などに似た心理リアリズムが展開されます。
ホイットマン的なロマン主義とピカレスク
漱石に影響した英米文学は、ピカレスクというスペインの文学ジャンルからの影響が顕著です。ピカレスクは、アウトローを主人公とする文学ジャンルです。ピカレスクは「悪漢小説」とも訳されますが、傾向としてピカレスクの主人公は悪人ではなく、アウトローではあっても、正義や人情に篤く、その視点から世俗の偽善や悪を批判的に描きます。高倉健のヤクザ映画みたいな感じで、主人公はアウトローだけど善玉、みたいな傾向が強いです。
このピカレスクから英文学は顕著な影響をうけ、しかしフィールディング『トム=ジョーンズ』などを皮切りに、ピカレスクに刺激されつつも、それを英文学固有の表現として継承していきました。デフォー『モル=フランダーズ』なども有名です。
そうした土壌の上でディケンズ『デイヴィッド=カッパーフィールド』やトウェイン『ハックルベリー=フィンの冒険』も展開されました。本作もそれらの作品を思わせる、ピカレスクとして展開され、『坊っちゃん』と内容的に重なります。
また漱石が好んだホイットマン的なプラグマティズム、ロマン主義が特徴的です。
道也と高柳
本作の主人公は白井道也と高柳周作です。ふたりとも馬鹿正直で不器用で、正義感のある男です。
道也は馬鹿正直すぎて仕事が長続きしません。作家として成功したいと思いつつも、なかなかその夢も叶いません。
他方で、高柳も作家で、かつての道也の教え子でした。若気の至りで道也に仲間と嫌がらせをして、道也が学校を去る原因になったことをずっと後悔しています。
二人の不器用なキャラクターの人生が交錯していきます。
物語世界
あらすじ
白井道也は大学卒業後に、越後の中学校教師になります。ここで権力を握っているのは、石油会社の役員たち。
演説会で道也は企業と学校の癒着を批判し、辞職します。その後も頑固な性格で、長続きしません。東京に戻ってきた道也は、大学時代の同級生で教授になっている足立を訪ねて仕事を紹介させてもらいます。
編集の仕事などをもらい、後は新聞や文芸誌へ寄稿することに。
江湖という雑誌に載せる記事を集めていた道也は、若手の文学者として成功している中野輝一の自宅を訪ねます。中野には高等学校の頃から親しい高柳周作がおり、彼は道也の教え子です。
中野は高柳と公園で会い、園内にある西洋料理の店で一緒に昼食をとります。裕福な中野と貧しい高柳。対照的な2人はふたりですが仲良しです。
高柳は、あるとき悪友たちを引き連れて、道也の家へ行って嫌がらせしました。それから道也は学校を去り、今でも高柳は先生を追い出したことを後悔します。再会したなら、謝罪したく思っています。
道也の妻と兄は、彼を教師に復帰させるべくはたらきかけます。兄は借金に関して、支払いが遅れた場合は文学者を諦めて教師となるよういいつけます。
高柳は体調を崩し、血を吐きます。彼の父親は郵便局の役人時代に横領で逮捕されて留置場で、肺炎で死にました。高柳は肺病と犯罪者の血を受け継いでいる自分に嫌気が差します。
中野は、高柳に熱海へ転地して療養することを勧め、その費用を負担するつもりです。しかし頑固な高柳はこれを受け取ろうとしません。 中野はビジネスだと言い、療養したら小説を書いてもらうと約束します。100円を受け取った高柳は、道也の家に向かいます。
借金に悩む高柳は、100円を差し出して彼の執筆した小説を買い取ろうとします。高柳は、自分が道也の教え子だったこと、自分の行動が道也を学校から追い出したことへの懺悔を語ります。
道也を残して、高柳は去っていきました。
参考文献
・十川信介『夏目漱石』
・佐々木英昭『夏目漱石』
コメント