ディケンズ『骨董屋』解説あらすじ

ディケンズ

始めに

 ディケンズ『骨董屋』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

英文学とピカレスクの伝統

 英米文学は、ピカレスクというスペインの文学ジャンルからの影響が顕著です。ピカレスクは、アウトローを主人公とする文学ジャンルです。ピカレスクは「悪漢小説」とも訳されますが、傾向としてピカレスクの主人公は悪人ではなく、アウトローではあっても、正義や人情に篤く、その視点から世俗の偽善や悪を批判的に描きます。高倉健のヤクザ映画みたいな感じで、主人公はアウトローだけど善玉、みたいな傾向が強いです。

 このピカレスクから英文学は顕著な影響をうけ、しかしフィールディング『トム=ジョーンズ』などを皮切りに、ピカレスクに刺激されつつも、それを英文学固有の表現として継承していきました。デフォー『モル=フランダーズ』なども有名です。ディケンズも『ディヴィッド=コッパーフィールド』などピカレスクテイストの強い作品をものしています。

 また、ピカレスクやそのフォロワーの英米文学の文明批評、社会批評としての側面や自由主義やリベラリズムを庇護する側面は、ディケンズにおいては本作などに見られる社会小説風の作品に結実します。

感傷小説風の内容

 本作はオスカー=ワイルド(『サロメ』『ウィンダミア卿夫人の扇』)が馬鹿にしたので有名ですが、感傷小説風の極端なセンチメンタリズムが特徴です。

 感傷小説はロマン主義と連動した、個人の情緒や感情、モラルに重きを置くジャンルです。サミュエル・リチャードソンの『パメラ、あるいは美徳の報い』(1740年)、オリバー・ゴールドスミスの『ウェイクフィールドの牧師』(1766年)、ローレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』(1759年 – 1767年)と『センチメンタル・ジャーニー』(1768年)など、結構いろんな作品がこのジャンルに括られ、後の英国の女性のロマン主義(シャーロット=プロンテ)やゴシック小説に影響したと言われます。

 感傷小説に括られる作品も広くバリエーション豊かなのですが、このジャンルの代表と目されるのがサミュエル・リチャードソンの『パメラ、あるいは美徳の報い』『クラリッサ』で、その極端な道徳的理想主義と教条主義はオンタイムからパロディの対象で、フィールディング『シャミラ』や、オースティンの諸作品(『傲慢と偏見』)がその代表例です。フィールディングのフォロワーのサドの文学も、感傷小説のパロディとしてのテイストが顕著です。

 『パメラ、あるいは美徳の報い』は、パミラ・アンドリューズ というヒロインが、貞節と慎ましさによって救われて成功する、という内容です。今日ではデネットのような自然主義の哲学者が道徳的実践を自然科学から基礎づけており、そこでも善い人間であることは戦略的コミュニケーションの帰結であることが提起されているとか、徳が当人に効用をもたらすというのはまあまああることです。リチャードソンのファンであるオースティンのようなリアリズム作家が『傲慢と偏見』で描くのも、性的な放埒さが人間関係にもたらす帰結であって、それは漱石『それから』にも継承されます。とはいえパミラはそれが極端です。

 『クラリッサ』の方は、家族から政略結婚を押し付けられたりして追い詰められ、破滅していくものの、自死に際しても美徳を貫き、魂は救われるという内容で、極端なセンチメンタリズムが特徴です。

 本作もこの『クラリッサ』に近く、ヒロインのネルがいろんな受難にあって、破滅していくまでがセンチメンタルに描かれます。

ドストエフスキー『虐げられた人々』

 本作の影響でドストエフスキー『虐げられた人々』はものされており、シチュエーションの多くが共通します。また、ここを踏まえて大江健三郎『キルプの軍団』は書かれています。

物語世界

あらすじ

 孤児のネルは、母方の祖父の雑貨店に住んでいます。祖父はネルを愛していますが、同年代の友達はほとんどおらず、孤独です。唯一の友達は、店で働く少年キットで、ネルはキットに読み書きを教えます。

 ネルのためにと祖父は、トランプ賭博でネルに財産を与えようとします。そうして悪意に満ちた、背中の曲がった小人の金貸し、ダニエル・キルプから多額の借金をします。祖父は持っていたわずかなお金を賭博で使い果たし、キルプはその機会を利用して店を乗っ取り、ネルと祖父を追い出します。祖父は精神を正気を失い、ネルは祖父をイングランドのミッドランド地方に連れ出し、そこで物乞いとなります。

 老人がネルのために大金を蓄えたと勘違いしたネルの放蕩者の兄フレデリックは、ディック・スウィベラーを説得してネルの追跡を手伝わせ、スウィベラーがネルと結婚してフレデリックと相続財産を分け合えるようにします。ここで彼らはキルプと協力します。キルプは財産などないことは承知しているものの、加害欲から協力します。

 ディック・スウィベラーを監視するため、キルプは彼を弁護士のブラス氏の事務員として雇うよう手配します。ブラス事務所で、ディックは虐待されていた女中と親しくなり、彼女に「侯爵夫人」とあだ名をつけます。

 ネルは、キルプから逃れて、祖父を遠くの村の安全な場所まで導くことに成功するものの、ネルの健康を損ないます。

 一方、キットは親切なガーランド夫妻のもとで新しい仕事を見つけました。そこでキットは、ネルとその祖父の消息を探している謎の紳士から連絡を受けます。紳士とキットの母親は彼らを追いかけますが、うまくいかず、同じく二人を追っていたキルプに遭遇します。キルプはキットを恨み、泥棒に仕立て上げます。キットは流刑に処されますが、ディック・スウィベラーは友人の侯爵夫人の助けを借りてキットの無実を証明します。キルプは追い詰められ、追っ手から逃げようとして死亡します。

 同時に、偶然の出来事でガーランド氏はネルの居場所を知り、キットと独身の男性(ネルの祖父の弟)は彼女を探しに行きます。彼らが到着した時には、ネルは亡くなっていました。祖父は、ネルが死んだことを認めようとせず、毎日彼女の墓のそばに座って彼女が戻ってくるのを待ちますが、数か月後、彼自身も亡くなります。

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