始めに
ディケンズ『荒涼館』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
英文学とピカレスクの伝統
英米文学は、ピカレスクというスペインの文学ジャンルからの影響が顕著です。ピカレスクは、アウトローを主人公とする文学ジャンルです。ピカレスクは「悪漢小説」とも訳されますが、傾向としてピカレスクの主人公は悪人ではなく、アウトローではあっても、正義や人情に篤く、その視点から世俗の偽善や悪を批判的に描きます。高倉健のヤクザ映画みたいな感じで、主人公はアウトローだけど善玉、みたいな傾向が強いです。
このピカレスクから英文学は顕著な影響をうけ、しかしフィールディング『トム=ジョーンズ』などを皮切りに、ピカレスクに刺激されつつも、それを英文学固有の表現として継承していきました。デフォー『モル=フランダーズ』なども有名です。ディケンズも『ディヴィッド=コッパーフィールド』などピカレスクテイストの強い作品をものしています。
また、ピカレスクやそのフォロワーの英米文学の文明批評、社会批評としての側面や自由主義やリベラリズムを庇護する側面は、ディケンズにおいては本作などに見られる社会小説風の作品に結実します。
後期の代表作。自由主義と社会小説
本作は、ヴィクトリア朝の訴訟制度や慈善事業の腐敗などを批判的に描いたものです。このような文明批評としての側面を持っています。
また本作はディケンズ文学の中でも一際複雑なプロットで知られています。さながらオースティン『高慢と偏見』やドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』、ディケンズの好んだバルザック(『従妹ベット』『ゴリオ爺さん』)文学のように、社会に息づく多数のキャラクターのアクションが交錯していきます。
大きな本作のプロットの軸
本作のストーリーの中心は、主人公であるエスターとその実母ホノリアとのドラマと、ガッピー、ジョン、ウッドコートら男たちとの恋愛のドラマ、それから物語の背景で進行する遺産相続のための裁判です。
ホノリアの私生児であるエスターとそれが巻き起こすスキャンダルの帰趨が描かれます。
ガッピー、ジョン、ウッドコードそれぞれの振る舞いとエスターのそれへの対応が見どころです。
裁判はまた、誰も何も得られないまま終わります。
語りの構造
本作は非線形の語りを特徴とします。エスター=サマソンによる等質物語世界の語り手と、異質物語世界、所謂三人称の語りが併用されています。
物語世界
登場人物
- エスター・サマソン:主人公。ほぼ半分の章で語り手です。善良で賢明な少女。実のおばであるバーバリーに育てられたのち、エイダの世話係として荒涼館に迎えられます。
- ホノリア・デッドロック:チェズニー・ウォールドの準男爵夫人。夫のレスターと結婚する前にホードン大尉との間にエスターを私生児として出産するものの、姉のバーバリーに彼女は死んだと言われます。
- ジョン・ジャーンディス:荒涼館の主人。「ジャーンディス対ジャーンディス訴訟」の当事者で、リチャードとエイダの後見人。惹かれ合うウッドコートとエスターを結婚させようとします。
- エイダ・クレア:ジョン・ジャーンディスの被後見人。いとこのリチャードと極秘に結婚し、男児を出産します。
- リチャード・カーストン:ジョン・ジャーンディスの被後見人。「ジャーンディス対ジャーンディス訴訟」をめぐりジョン・ジャーンディスとも対立するものの、結審した訴訟のストレスから息を引き取ります。最期にはジャーンダイスと和解します。
- ハロルド・スキムポール:友人のジョン・ジャーンディスやリチャードに寄生して生活し、リチャードの身を持ち崩します。
- ジェリビー夫人:アフリカ・ニジェール川地方に関する慈善事業に関心が向き、家のことは関心をなくしています。
- キャディ・ジェリビー:ジェリビー夫人の娘。エスターと親しくなります。
- タルキングホーン:デッドロック准男爵家の顧問弁護士。デッドロック准男爵夫人の秘密を探ります。
- クルック:よろず古物屋を営む男。
- ジョー:道路清掃人として生計を立てる浮浪児。ネーモーの死を目撃し、デッドロック夫人を現場で案内します。
- アラン・ウッドコート:青年外科医。老婆フライトを介してエスターと知り合い、惹かれ合います。
- バケット刑事:タルキングホーンに協力した警察関係者。
あらすじ
ロンドンの大法官裁判所では「ジャーンディス対ジャーンディス」訴訟が続き、トム・ジャーンディスが自殺。厳しい叔母に育てられ、彼女の死後しばらくジョン・ジャーンディスの世話で田舎学校にいたエスター・サマソンがロンドンにやってきます。彼女はジャーンディスの被後見人であるリチャード・カーストン、エイダ・クレアと出会います。三人は老婆フライトに出会い、ジェリビー夫人宅に宿泊、娘のキャロライン(キャディー)や息子のピーピィらとも知り合います。
彼らは翌日またフライトに出会い、ともにセント・オーバンズにある荒涼館に移動し、ジョン・ジャーンディスと会います。次いでジャーンディスの友人のスキンポールとボイソーンに紹介されます。
ジャーンダイス側の弁護士「お喋りケンジ」の事務員ウィリアム・ガッピーはエスターに求婚するものの、断られます。タルキングホーンがネーモーの下宿するクルックの古道具屋に赴くと、ネーモーは死体となって発見されます。エイダとリチャードの間に恋愛感情が芽生えます。キャディーは婚約者プリンス・ターヴィドロップとその父親をエスターに紹介します。エスターはフライトの下宿でその主治医アラン・ウッドコートと出会い、惹かれ合います。
貧乏医者であったウッドコートはエスターに花を残し、船医として東洋へ旅立ちます。エスターらはリンカーンシャーのボイソーンの屋敷を訪れ、教会で実母のデッドロック夫人を見かけたエスターは動揺します。ガッピーはネーモーについて探るため、友人のトニー・ジョブリングをウィーヴルの偽名でクルックに下宿させます。ジャーンディスの心遣いで、ネケットの娘チャーリーはエスターのメイドとなります。バケットはグリドリーを逮捕するべくジョージの射撃場を訪れるものの、既にグリドリーは死ぬところでした。ガッピーはデッドロック夫人にエスターへの気持ちを打ち明け、そのうちホードン大尉(=ネーモー)の手紙を手に入れて持参するつもりだといいます。バケット警部らに追われ、天然痘にかかったジョーは荒涼館で保護されます。しかしジョーは突如失踪し、天然痘はチャーリー、次いでエスターに伝染します。ガッピーとウィーヴルにホードンの手紙を渡す直前、クルックは自然発火で死にます。
病気で器量が損なわれたエスターは、ウッドコートを諦めます。エスターが回復しリンカーンシャーいるとき、デッドロック夫人から自分が母親だと告白されます。エスターはガッピー宅を訪れ、その衰えた容姿を見せ、自分の出生をもう調査しないようにいいます。リチャードはジャーンディス訴訟に取りつかれ、新たに弁護士ヴォールズを雇って深入りし、ジャーンディスと対立します。デッドロック夫人に解雇されたオルタンスに付き纏われるスナグズビーはタルキングホーンに泣きついて、彼女を追い出します。エスターの出生を聞かされた後、ジャーンディスはエスターに求婚し、エスターはこれを受け入れます。ウッドコートは疲労したジョーに出くわし、彼をジョージに預けるものの、息を引き取ります。デッドロック夫人はローザのためを思い、自分のスキャンダルが広まる前に彼女に暇を出すものの、タルキングホーンに非難されます。その後、タルキングホーンの死体が自宅で発見されます。まずジョージが逮捕されました。
エスターはウッドコートは器量を失った自分へ同情しているだけと自分に言い聞かせます。エイダはリチャードと極秘に結婚し、やがて子供を授かります。逮捕されたジョージは弁護士を雇おうとせず、バグネット夫人は説得しようと彼の母親ラウンスウェル夫人を連れてきます。バケット警部は犯人はそのメイドのオルタンスだと突き止めます。一方で、デッドロック夫人の秘密が一部知られた旨をガッピーから知らされ、彼女は失踪します。バケット警部はエスターを連れて夫人を捜索するものの、ホードンの墓の前で彼女は既に事切れていました。
エスターはウッドコートから求婚されるものの、ジャーンディスの求婚を受け入れいたので拒絶し、彼の愛情を知った彼女は涙を流します。バケット警部はスモールウィードが隠していた重要証拠物件である最新の遺言書を取り上げ、裁判がリチャード達にも有利になることを報告します。
ジャーンディスはエスターにウッドコートの新しい家を世話するために呼び出します。ウッドコートの新しい家は「荒涼館」で、ジャーンディスは自分の求婚は間違っていたと婚約を解消し、エスターは愛するウッドコートと結婚します。突然結審し、しかも問題の財産は費用として使い切っていました。リチャードは失望の中で息を引き取ります。ジョージは家族と和解し、デッドロック家の緑地の小屋に住みます。ジョンはエイダの世話に余生を送るのでした。
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