始めに
春樹『ダンス・ダンス・ダンス』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
鼠三部作の続編
作中の「僕」は『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』、『羊をめぐる冒険』の「鼠三部作」の主人公と同一人物で、その続編です。
作品のテーマとしては『羊をめぐる冒険』との連続性が強い印象です。
資本主義、大衆社会
1983年、「僕」は札幌行きの特急列車に乗ります。「いるかホテル」に行ってキキと会うためでした。しかしこの「いるかホテル」(ドルフィン=ホテル)は26階建ての巨大なビルディングに変貌していました。これは『羊をめぐる冒険』でも登場したホテルで、羊博士の息子が支配人をしていました。
このいるかホテルの変容は黒い土地開発計画に由来するもので、つまるところ、資本主義、大衆社会の不正義の象徴になってます。
『羊をめぐる冒険』の羊は大衆社会の悪の権化のような存在で、羊の群れるイメージからこれをデザインしている印象でした。そこにははフロイトのタナトス概念、アレントの保守主義からの影響が見えました。大衆社会の悪との戦いのテーマは『羊をめぐる冒険』と続編の本作に加え、『海辺のカフカ』『ねじまき鳥クロニクル』『騎士団長殺し』などと共通します。
大衆消費社会の悪が脅威を増す中で、僕は自己の自由を獲得しようとします。
羊男とダンス
『羊をめぐる冒険』でも羊男は謎の存在でした。とはいえ、悪い羊の皮を被っている存在なので、善玉っぽい位置づけです。「僕」の過去を探す旅を手伝います。
本作では羊男の導きによって、僕と他の誰かが繋がれます。そして僕は、世界と繋がり続けるためにダンスを躍り続けなければならないとされています。
僕の部屋
僕と誰かの繋がりを象徴するのは、僕の部屋です。部屋に誰かがいる状態が、その人が繋がっている状態です。
本編が始まった時、部屋は空でしたが、部屋に多くの人が入ってきます。理由はいるかホテルと羊男の存在です。羊男を媒介としてまずユミヨシさんと繋がり、僕の部屋には多くの人が入ってきます。
死の部屋
ダンスをしたことでまた、キキの「死の部屋」を目にします。「死の部屋」では、主人公の周囲で死んでしまった人たちの記憶が残されています。そこには6つの白骨があって、その数が亡くなった知り合いの数と合いません。五人は鼠、キキ、メイ、ディック・ノース、そして五反田君でしたが、6人目に死ぬのは誰なのかがサスペンスとなり、僕はユミヨシさんの死を恐れます。
最終的に羊男が消滅したことで、白骨の数の辻褄があいます。
五反田くんと殺人
本作では主人公の旧友でキーパーソンの五反田くんが現れます。彼は「僕」の中学時代の同級生で、人気俳優でフルネームは五反田亮一、映画「片想い」でキキと共演します。五反田くんは作中で、キキとメイを殺害したことが仄めかされていますが、そうなのかは解釈に委ねられています。
五反田くんに「僕」はシンパシーを感じます。五反田くんは役割を演じることが上手く、けれどもそれにストレスを抱えてもいます。
五反田くんの加害性はまた、僕の危うさをも示唆しています。『騎士団長殺し』『スプートニクの恋人』『国境の南、太陽の西』などでもそうした内なる悪が描かれました。
五反田くんは、別れた奥さんを愛し、憎んでいて、それへのフラストレーションから、生贄として身代わりに、キキやメイは殺されたと仄めかされています。
主人公も、死の部屋でユミヨシさんの死を恐れていたため、生贄に誰かを殺める可能性がありました。
物語世界
あらすじ
「僕」は3年半の間、フリーライターとして「文化的雪かき」に従事していました。1983年3月のはじめ、函館の食べ物屋をカメラマンと二人で取材しました。原稿をカメラマンに託すと、「僕」は札幌行きの特急列車に乗ります。「いるかホテル」に行ってキキと会うためでした。しかし「いるかホテル」(ドルフィン=ホテル)は26階建ての巨大なビルディングに変貌していました。このドルフィン=ホテルの変貌は、黒い手がうごめく都市再開発に由来し、資本主義、大衆社会の歪み、悪を体現するものです。
「いるかホテル」の一室で羊男と再会、札幌の映画館で中学校の同級生の出演する映画を見ます。同級生の五反田君は生物の先生を演じていました。ベッドシーンで、カメラが回りこむようにして移動して女の顔を映し出すと、それはキキでした。
眼鏡のよく似合う女性従業員ユミヨシさんから、ホテルに取り残された13歳の少女を東京まで引率するよう頼まれます。少女の名はユキでした。
僕は何かに結びつきたいものの、大事なものを置いてきて幸せになれず、どこにもいけなくなっていると羊男は言います。そんな主人公が繋がるためには、踊り続けるしか無いと羊男はいいます。
ダンスをしたことで、キキの「死の部屋」を目にします。「死の部屋」では、主人公の周囲で死んでしまった人たちの記憶が残されています。そこには6つの白骨があって、その数が亡くなった知り合いの数と合いません。死ぬのは誰なのかが、サスペンスとなり、僕はユミヨシさんの死を恐れます。
やがて、僕のシンパシーが覚えていた五反田くんは、キキとメイを殺害していたことが示唆され、最後は謎の死を遂げます。
最後に消えたのは羊男で、僕はなんとかユミヨシさんの死を回避できました。
登場人物
- 僕(主人公):元翻訳事務所勤務。現在はフリーライターとして「文化的雪かき」に従事しています。
- 五反田君:「僕」の中学時代の同級生で、人気俳優。フルネームは五反田亮一。映画「片想い」でキキと共演します。
- ユキ:「僕」が「ドルフィン・ホテル」で出会った13歳の少女。特別な感受性を持つため周りに馴染めず、不登校。
- アメ:ユキの母親。写真家。
- 牧村拓:ユキの父親。小説家。「僕」の説明によれば、本が売れなくなるとナイーブな青春小説の作家から突然実験的前衛作家に転向し、それから1970年代の初め頃冒険作家となったそうです。アメとは離婚し、現在は辻堂で書生と暮らしています。
- ディック・ノース:詩人でアメの付き人。ベトナム戦争で片腕を失いました。
- ユミヨシさん:「いるかホテル」の跡地に建てられた「ドルフィン・ホテル」のフロントで働く眼鏡の似合う女性です。
- キキ:前作『羊をめぐる冒険』に登場した、耳に特別な力を持つ「僕」の元恋人で元高級コールガール。
- メイ:キキの同僚だったコールガール。五反田君のマンションに呼ばれ「僕」と寝ます。
- マミ:キキの同僚だったコールガール。メイとともに五反田君のマンションに呼ばれます。
- ジューン:ハワイで過ごす「僕」のために牧村拓が用意したコールガール。
- 書生のフライデー:牧村拓の付き人。名字は中村。ユキは彼をゲイだといいます。
- 羊男:羊の皮を被った謎の男。ドルフィン=ホテルで「僕」と再会します。
- 文学:赤坂のホテルの一室で殺されたメイの事件を担当する赤坂署の刑事。一昔前の文学青年を髣髴とさせる見た目から「僕」に「文学」と名づけられます。
- 漁師:その同僚。漁師のような日焼けの仕方をしているため、「文学」同様「僕」によってそう名づけられた。
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