川端康成『眠れる美女』解説あらすじ

始めに
語りの構造、背景知識
物語世界
1. あらすじ
参考文献

始めに

　川端康成『眠れる美女』解説あらすじを書いていきます。

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語りの構造、背景知識

モダニズム(ジョイス,横光利一)、異質物語世界の語り手、江口由夫へ焦点化

　川端康成は新感覚派を代表するモダニズム文学の作家として知られています。ジョイス(『ユリシーズ』)、横光利一(『機械』)は意識の流れの手法を展開し、一人称的視点のリアリズムを展開しましたが、本作も一人称的視点の不確かさ、リアリズムを描く内容と言えます。

　本作における語り手は異質物語世界によるもので、江口老人に焦点化が図られます。語り手は物語世界外の存在ではあるものの、およそ江口の見聞きしたことしか語りません。そのため、読者と江口はおよそ事実認識のための情報量を共有しています。この辺り『雪国』とおよそ共通ですが、あちらが焦点化される藤村の個性が希薄なのに対し、『山の音』『みづうみ』と同様、本作はフラッシュバック、マインドワンダリングのような形で焦点化される江口の過去や背景も細かく綴られるのが特徴です。

　本作では眠れる美女という特殊クラブが舞台で、そこにいる女性たちを観察しながら、視点人物の江口老人の意識の流れが展開されていきます。

一人称的な視点の不確かさを活かす心理劇

　本作品とコンセプトとして重なるのは漱石『こころ』やロブグリエ『嫉妬』、谷崎潤一郎『卍』『痴人の愛』、芥川『藪の中』、フォークナー『響きと怒り』、リンチ監督『ブルーベルベット』などと言えます。集合行為における一部のアクターを語りの主体にしたり、または一部のアクターにしか焦点化をしないために、読者も登場人物と同様、作中の事実に不確かな認識しか得られるところがなく、限定的なリソースの中で解釈をはかっていくことしかできません。

　本作では特に、自分を「眠れる美女」へと誘った木賀老人の心理だったり、「眠れる美女」というロケーションやそこにいる人々の背景については解釈に委ねられています。

タナトス

　ジョイスや伊藤整といったモダニストも精神分析からの影響が顕著ですが、モダニズム、シュルレアリスムの影響が顕著な川端康成ですが、本作も精神分析の影響が見えます。

　精神分析のフロイトはタナトスという概念を提唱、これによって人間には生得的に死や暴力に向かう欲望があるとしました。これは心理学の方面では受け入れられていませんが、作家の心を捉えました。

　本作では眠れる美女にいる女性たちは睡眠薬で眠っており、ラストではそのために事故死する女性がいるなど、死と隣り合わせの存在です。

　『山の音』でも近いものが描かれましたが、本作では江口老人の自殺願望のようなものが見え隠れしています。

サド的な艶笑コメディ

　シュルレアリスムは生や性の哲学を展開するアウトサイダーアート、カウンターカルチャーとしての側面があり、例えば代表的な批評家のブルトンも、既成のモラルや慣習へのアンチテーゼとしての存在(実際の犯罪者など)を追求しました。

　そんな中でサドという快楽主義者も着目され、そのラディカルな個人主義と性的欲望、性を巡る艶笑コメディとしての特徴は、本作やクローネンバーグ監督『クラッシュ』、ロブグリエ『快楽の館』などにも影響が見えます。

物語世界

あらすじ

　江口老人は、友人の木賀老人に教えられた宿を訪れます。そこには中年の女の案内人がいます。二階に鍵のかかる寝部屋があり、深紅のビロードのカーテンに覆われた「眠れる美女」の密室になっていました。

　規則として、眠っている娘に性的悪戯、性行為をしてはいけません。会員の老人は全裸の娘と一晩添寝できました。

　眠っている娘の美しさに見惚れた江口は、娘を観察したり触ったりしながら、若い頃、恋人と駆け落ちした回想に耽り、枕元の睡眠薬で眠ります。

　半月ほど後、江口は再び「眠れる美女」を訪れます。今度の娘は妖艶です。江口は娘の処女のしるしに驚き、純潔を汚すのを止めます。娘の手から椿の花の幻を見た江口は、嫁ぐ前に末娘と旅した椿寺を思い出します。2人の若者が末娘を争い、その1人に末娘は処女を奪われ、もう1人の若者と結婚しました。

　3回目に宿を訪れ添寝した「眠れる美女」は、童顔で小顔の少女です。江口は娘と同じ薬で、自分も死んだように眠りたく思います。

　次に訪れて添寝した娘は大柄のなめらかであたたかい肌の娘でした。江口の中で再び「眠れる美女」と無理心中することや悪い欲求が起こります。

　5回目。狭心症で突然死した福良専務もここの会員だったと、江口は木賀老人から聞いていました。宿の中年女はその遺体を運び擬装したことを江口に隠しません。その晩、江口の床には娘が2人。色黒の野性的な娘と、やわらかな白い娘に挟まれ、江口は、白い娘を最後の女にすることを想像します。江口は自分の最初の女についてふと考え、結核で血を吐き死んだ母を思い出します。江口は、そして睡眠薬で眠ります。

　母の夢から醒めると、色黒の娘が冷たくなり死んでいます。江口は自分が殺したのではないかと不安になります。宿の中年女は平然と対処し、江口に白い錠剤を渡します。白い娘の裸はまた、美しく横たわっています。