始めに
始めに
先日、村上龍の新作『ユーチューバー』が発表されました。そこでそれを記念して、代表作『愛と幻想のファシズム』レビューを書いていきます。
語りの構造、背景知識
ドキュメンタリータッチの語り
この作品は等質物語世界の語り手・トウジと、映画監督・ゼロを主人公とします。
この作品は龍の愛したジャンリュック=ゴダールの映画(『ゴダールのリア王』)やその先駆オーソン=ウェルズ作品(『オーソン=ウェルズのフェイク』)のようなドキュメンタリー的な語りのスタイルが取り入れられ、独特なテンポと生々しさを生み、マクロな政治的アクターの動向を描いています。
映画づくり、クーデター
またこの作品はゴダール監督『軽蔑』『ゴダールのリア王』のような、映画作りをめぐる作品、映画作家の自意識をめぐるドラマでもあります。
『限りなく透明に近いブルー』から一貫する「戦争機械」としての若者たちが、国家、帝国主義といった中心化を志向するメカニズムへと反抗するドラマが描かれます。三島由紀夫、中上健次(『千年の愉楽』)的なクーデターのドラマです。
コンラッド、フィッツジェラルド的栄光と孤独のドラマ
この作品では主人公ゼロの栄光と孤独が描かれます。
狩猟社によるクーデターに成功し、栄光を味わうものの、結果としてそれによって新たなシステムとしての中心化を完成させてしまったことに幻滅を味わい自殺します。例えばこれは、フィッツジェラルド『グレート=ギャッツビー』、コンラッド『闇の奥』、ウェルズ監督『市民ケーン』のような、英雄の栄光と孤独のドラマになっています。
またアウトサイダーとしてカウンターカルチャーを展開したものの、今度はそれ自体が新たな制度と化してしまうという感慨を描いた作品には三島『サド侯爵夫人』があります。
斬新だが、完成度は…
ドキュメンタリースタイルの語り口で、政治や経済のマクロなダイナミクス、アクターについて描くというコンセプトは、当時の純文学には類を見ないものでした。
けれども、完成度としてはどうでしょうか。この作品は身もふたもないことを言えば、本当に漫画みたいというか、島耕作といい勝負の馬鹿みたいなサクセスストーリーです。
龍という作家は『69 sixty nine』の記事でも書きましたが、筆力が圧倒的なので読ませる内容になってはいます。龍のドキュメンタリーフィルムのように生々しく現実を抉り取るリアリスティックな語り口の筆力は、それこそハーマン=メルヴィル(『白鯨』)、マーク=トウェイン(『ハックルベリー・フィンの冒険』)、セリーヌや吉田健一(『酒宴』)のような圧倒的な文豪にも見劣りしないとも思えるほどです。しかし凡百の作家がこれを書いてもギャグにしかならないでしょう。
企画としてエポックメイキングであっても完成度は珍作気味で、圧倒的な描写力で見られるものになっている点では漫画の『DEATH NOTE』みたいな感じです。
物語世界
あらすじ
鈴原冬二は、日本帰国の直前に寄ったアラスカの酒場で日本人のゼロと会います。トウジはゼロに誘われ、日本に帰国しファシストとなっていきます。当初は挑戦的なCMを出し注目を集め、世界経済が恐慌に向かうと政治結社「狩猟社」を結成し大衆の支持を集めます。多国籍企業集団「ザ・セブン」による日本の属国化を阻止するために行動します。
まず自衛隊にダミー・クーデターを起こさせ国会議事堂、首相官邸などを占拠させます。それから人質の解放と武装解除の交渉のためにテレビに登場し、米ソの世界再編成の陰謀を暴露します。その後、国会は解散し総選挙で革新政権を誕生させて、それも崩壊させます。
混乱のなか鈴原冬二と狩猟社が国民の希望に。イスラエルと秘密協定を結びプルトニウムを手に入れ戦術核を製造、配備し、同時にハッカーたちを駆使してアメリカを牽制します。 最終的には、米ソと対等の地位を手に入れます。
しかしアウトサイダーとしてカウンターカルチャーを展開したものの、今度はそれ自体が新たな制度、システムとなってしまった幻滅から、ゼロは自殺してしまうのでした。
総評
龍の代表作!筆力は圧倒的だが完成度は…
龍の代表作で、圧倒的な筆力を感じさせるものの、完成度としては疑問があります。けれどもエポックメイキングな企画でした。
関連作品、関連おすすめ作品
・庵野秀明監督『シン=ゴジラ』:マクロな政治劇。
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