辻村深月『鍵のない夢を見る』解説あらすじ

辻村深月

始めに

始めに

今日は新作発表を記念して、辻村深月『鍵のない夢を見る』のレビューを書いていきたいと思います。

語りの構造

等質物語世界の語り手の心理リアリズム

 いずれの短編も、等質物語世界の語り手によって物語られ、それぞれに異なる趣向がこらしてあります。ブラックジョークに満ちている佳品です。

仁志野町の泥棒

 語り手のミチルは、バスツアーで偶然、過去のクラスメイトの律子と出会い、過去を回想します。律子の母には悪い噂があったのでした。「泥棒癖がある。しかもやめられない」と。最初は信じられなかったけれど、律子の母が自宅から出てくるのを目撃、その後律子の方も万引きしているのを目にします。泥棒の血を感じ、大ごとにしないように通報はしなかったけれど、律子親子と距離を置くようになったミチルでした。

 そんな彼女と再会したミチル。当時も現在も日和見主義で感傷的なミチルの語りが印象的です。最後にミチルが流す涙もなんとも言えないものがあり、イシグロ『日の名残り』を連想します。

石蕗南地区の放火

 語り手は笙子。36歳ですが結婚していません。外面は穏やかですが、人一倍自尊心が強く、体裁ばかり取り繕う自意識過剰な笙子の痛々しさが語りを通じて描かれます。桐野夏生『グロテスク』を連想します。

 大林の放火の動機について、自意識過剰な笙子は勝手に妄想を膨らませ、自分に思いを寄せたためだと考えて不快に思いますが、その予想は裏切られ、プライドをいたく傷つけます。

美弥谷地区の逃亡者

 語り手は美衣。20そこそこ。プライドは高いものの、考え方やものの捉え方が平均的ではなく、現実を正確に認識できていません。彼女を通して描かれる朦朧とした現実の中に不穏の影が滲みます。そして、母に恋人である柏木の暴力が向かい…。

テレンス=マリック監督『地獄の逃避行』にも似た、焦点化がされる語り手の女性の、調子はずれの認識が印象的です。

芹葉大学の夢と殺人

 語り手は美玖。以前いた研究室の教授が殺害され、犯人に心当たりがありました。それは自分の元恋人の雄大。純粋な性格で容姿に優れつつ、対人関係が苦手で誇大妄想の傾向がある雄大との関係を、ずっと美玖は引きずっていました。やがて雄大は予想通り指名手配されます。雄大からの過去のDVに疲弊しながらも、彼への依存を捨てきれない語り手の脆さが描かれます。

 宇佐美りん『推し、燃ゆ』に似た、依存体質の語り手が印象的です。

君本家の誘拐

 語り手は良枝。ショッピングモールで気がつくと、娘の咲良を乗せたベビーカーがありません。良枝はこの頃育児ノイローゼで憔悴しきっていました。ボロボロになりつつも、なんとか殊勝な母親である自分を演じようとします。最後まで殊勝な母親であろうと自分のミスをごまかそうとし、戦略を巡らせる語り手の必死な姿が印象的です。

物語世界

あらすじ

仁志野町の泥棒

  語り手のミチルと、窃盗癖のある律子親子の過去が中心となっています。小学校という閉鎖的な空間で体裁を気にして中途半端な振る舞いをし続けるミチルが印象的です。大きな事件は起こりませんが、記憶に残ります。

石蕗南地区の放火

 災害共済地方支部に勤める笙子と、一度プライベートで出かけた地元の消防団の大林という男の関係を描きます。近所で不審火が起こるようになり、その犯人が大林であると分かって…。

美弥谷地区の逃亡者

 美衣と、ご近所サイトで知り合った恋人の柏木陽次の関係を中心とします。

芹葉大学の夢と殺人

 美術教師の美玖と、元恋人の雄大の関係を中心とします。DV気質のある雄大との関係で疲弊し切りつつも、彼への未練が捨てられない美玖の脆さが描かれます。

君本家の誘拐

 君本良枝の、娘・咲良をめぐるある一日が描かれます。事件らしい事件は起こりませんがその分生々しい内容です。

総評

黒い笑いの詰まった珠玉の短編集

 ブラックユーモアの冴わたる好短編集です。

関連作品、関連おすすめ作品

・桐野夏生『グロテスク』、綿矢りさ『蹴りたい背中』、スコット=W=スミス『シンプルプラン』:等質物語世界の語り手による心理リアリズム。

・テレンス=マリック監督『地獄の逃避行』:焦点化がされる女性の、調子はずれのモノローグが印象的です。

・黒沢清『CURE』:朦朧法ホラー

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