村上春樹『羊をめぐる冒険』解説あらすじ

村上春樹

始めに

始めに

 今回は村上春樹『羊をめぐる冒険』のレビューを書いていきます。初期の三部作(『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』)の一作で、隙なく構築された作品です。

語りの構造、背景知識

等質物語世界の「僕」

 本作品は等質物語世界の語り手「僕」に主な焦点化がなされます。この作品はチャンドラーの探偵小説のような筋立てになており、「僕」が「羊」を探す必要に駆られて奔走し、やがて出会った旧友・「鼠」との長いお別れが描かれています。

レイモンド=チャンドラーなど探偵小説のパロディ

 この作品は三部作の中ではかっちりしたプロットがあり、探偵小説のパロディとなっています。チャンドラー『ロング=グッド=バイ』に仮託して描かれる旧友の苦悩と、彼との長いお別れが見どころです。『取り替え子』など大江健三郎の、アートワールドの中のテクストを自己物語の象徴として解釈するアプローチと重なります。

チャンドラー『ロング=グッド=バイ』の記事に書いてありますが、チャンドラーの特徴であるアフォリズム文学をジョイス『ユリシーズ』やルイス=キャロル(『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』)的な言語的遊戯と絡めてパロディをここに展開しています。

 また春樹の好むゴダール監督『勝手にしやがれ』がノワールパロディであることもこのあたりに影響をしている印象です。

決定論

 この作品にはまた、精神分析的な決定論の主題が見えます。自由意志が心的外傷などによって侵害される展開は『風の歌を聴け』『世界の終わりとハードボイルド=ワンダーランド』などにも共通して見えます。

羊=牧羊神パン。大衆社会の悪との戦い

 この作品に登場する「羊」とは何者なのか、答えは与えられていませんが、無意識に干渉し、人の自由を脅かす悪霊のような存在として描かれています。私はこの羊は牧羊神「パン」ではないかと思います。「パニック」の語源であり、誘惑的な存在であるパンに託して、知人の自殺の謎をめぐる青春の狂騒のドラマを展開したものと解釈します。

また漱石『三四郎』の影響も考えられます。

 この羊は大衆社会の悪の権化のような存在で、羊の群れるイメージからこれをデザインしている印象です。これはフロイトのタナトス概念、アレントの保守主義からの影響が見えます。大衆社会の悪との戦いのテーマは続編の『ダンス=ダンス=ダンス』や、『海辺のカフカ』『ねじまき鳥クロニクル』『騎士団長殺し』などと共通します。

物語世界

あらすじ

 広告代理店を営む30歳の「僕」は、離婚し、仕事にもなあなあで、孤独な日々を送っています。

 そんな彼のもとに友人である「鼠」からの手紙と、一枚の羊の写真が送られてきます。「鼠」は東京を離れ、失踪していました。手紙は、彼が住んでいる場所についてほのめかしています。

 主人公は仕事の中で、友人の撮影した写真を広告として使用するのですが、それには、北海道の草原にいる一群の羊が写っていて、その中にいる一匹の羊には星形の模様があります。

 やがて主人公の元に「黒服の男」が現れます。この男は「ボス」と呼ばれる裏社会の大物の右腕で、彼はあの羊の写真について関心を持っています。ボスの権力の背景には、この星形の羊が関わっているようだからです。

「黒服の男」は、主人公に対し、星形の模様を持つ羊を探し出すことを要求します。ボスは病に伏し、その回復にはこの羊が必要なのだそうです。主人公は脅しを受け、羊を探します。

 主人公は「耳の素晴らしい彼女」と出会います。彼女は他人の心を読み取るような特別な感覚を持っているようで、彼女は主人公のことを導き、同行します。

 二人は、羊を追いかけて北海道へ向かいます。北海道の奥地には、「鼠」からの手紙で示された古い屋敷がありました。

 主人公と彼女は、北海道の山奥にある古びた屋敷にたどり着きます。この屋敷は、かつて「鼠」が隠れ住んでいた場所でした。

 ある夜、「僕」は夢の中で「羊男」と名乗る謎の存在にあいます。羊男は、羊の頭を持ち、全身を羊の毛で覆われた人間で、星形の羊について伝えます。この羊は、人間の精神や運命に干渉することを伝えます。主人公は自らの意思でその力と対決しようとします。この羊は人々の欲望や支配の源泉です。

 主人公はついに星形の羊を探し出します。この羊はかつての「ボス」を支配し、彼の権力の源泉となっていたものでした。主人公は、鼠もそうしたように、羊との対峙を経て、その存在を消し去ります。

 羊は消え去り、ボスは力を失って死亡しました。

登場人物

  • 「僕」:語り手であり主人公。
  • 「鼠」:僕の旧友。「羊」によって自殺を選ぶ。

 

総評

端正なプロットが光る佳品

 初期三部作のフィナーレです。その後『ダンス=ダンス=ダンス』へと続きます。自分は春樹では端正なプロットと文章が光る初期のものを好んでいます。

関連作品、関連おすすめ作品

・村上春樹『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』:三部作

・『ねじまき鳥クロニクル』:初期三部作のリブート

・ギレルモ=デルトロ監督『パンズ=ラビリンス』、アーサー=マッケン『パンの大神』

・フョードル=ドストエフスキー『悪霊』:羊のような「悪霊」がもたらす狂気的な世界。

参考文献

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